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» 2019年03月04日 09時00分 公開

組み込みエンジニアの現場力養成ドリル(14):「赤か? それとも青か?」――機能共有の悲劇がもたらした混乱するトイレのUI (1/3)

なぜこのようなユーザーインタフェースが存在するのか……。日ごろの生活の中で筆者が見つけた“良くないユーザーインタフェース”から学びを得る。「京急蒲田駅」「JR渋谷駅」に続き、筆者を悩ますのはトイレの蛇口。今回はその問題点を紹介すると同時に、解決策を検討する。

[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 非常勤講師(工学博士),TechFactory]

はじめに

 組み込み系製品の設計で、意外に苦労するのがユーザーインタフェース(UI)です。操作手順やメッセージを出す液晶パネルがそもそも存在しなかったり、あったとしても非常に画面サイズが小さかったりして十分な文字数を表示できません。そのため、記号や略号、頭文字、LEDの色などを駆使して、機器の状態やバッテリー残量を表示しています。

 このユーザーインタフェースの良しあしは非常に重要で、製品の性能が優れていたとしても、ユーザーインタフェースが貧弱であると、ユーザーは「使いにくい」と感じる以上に、「性能や機能が劣る」との印象をその製品に対して抱いてしまいます。

 ユーザーインタフェース設計で最もツラい点は、仮に素晴らしい設計を行ったとしても、ユーザーは「そんなものは良くて当たり前だ」と考えていることです。

 フィギュアスケートの超高難度演技のような「加点方式」ではなく、悪ければ容赦なく評価を落とす「減点方式」で見られてしまいます。この「良くて当たり前」の減点方式は、レストランやホテルのサービスに対する評価と共通します(一度でも接客態度が悪いと、客の印象に強く残ります)。

 ただ、厳しい半面、少しでも使う側の立場からユーザーインタフェース設計の在り方を追求すれば、ユーザーからの高評価につながりやすいといえます。特に、I/O周りで制約の多い組み込み系製品では、ユーザーインタフェースの設計は非常に重要です。

 さて、これまで2回のコラムで、“良くないユーザーインタフェースの例”として、「京急蒲田駅」と「JR渋谷駅」を取り上げました。良くない理由が分かると、「最小面積のユーザーインタフェース」が要求される組み込み系での設計、実装のコツがつかめると思います。

 前回の記事でも書きましたが、ユーザーインタフェースは、操作方法を知っている人には大した意味はありません。“分からない人のために存在する”のです。今回も、筆者が悩んだ「良くない」ユーザーインタフェース例を取り上げ、悩んだ理由とその解決策を提示したいと思います。

筆者を悩ませるトイレのユーザーインタフェース

 レストランのトイレ(の個室)などで、図1のような「表示錠」をよく見掛けます。レバーの上の“窓”が青色だと「空いています」、赤色だと「使用中です」を意味します。これに関しては、何の異論もありません。実に自然なユーザーインタフェースです。

表示錠 図1 表示錠

 問題は、用を足した後で手を洗うときです。図2のような蛇口を見たことがあると思います。(少し見にくくて恐縮ですが)レバーの根元に赤色と青色の半円マークがあり、1つのレバーで冷水から温水まで、連続的に水温を調節できます。筆者は、このタイプの蛇口を見るたびに、「どちらへ回せば、冷水(温水)が出るのだろう?」といつも悩みます。図2図3の画像は、筆者の自宅トイレにある蛇口です。自宅の蛇口は毎日使っているのでさすがに悩みませんが、外出先で図4のような蛇口に出会うと、必ず「どっち向きが冷水だ?」と身構えてしまうのです。

蛇口蛇口の拡大画像(赤と青の半円) 図2(左) 筆者の自宅にある蛇口/図3(右) その拡大画像(赤色と青色の半円マークがある)

蛇口蛇口の拡大画像(赤と青の半円) 図4(左) 筆者がよく悩む蛇口(これにも赤色と青色の半円マークがある)/図5(右) どちらが冷水かいつも悩む……

 読者の方もご存じのように、レバーを右方向(→)へ回すと冷水が出るのですが、筆者には、なぜそうなのかが今でも理解できません。図5-1のように、矢印で示してあれば、「右方向へ回すと冷水が出る」と思うのですが、図5-2の半円ではどちらが冷水か、ものすごく悩みます。なぜ悩むのか? その原因は、トイレのドアにあります。

使用中と空きの表示 図6-1(左) 使用中の表示/図6-2(右) 空きの表示

 個室トイレが未使用の場合、扉の表示錠は図1のように青色が見え、使用中の場合は赤色が見えるはずです。赤色と青色を表示する仕組みは、図6-1図6-2のように、ロックの状態により「窓」から赤色/青色を見せるという単純な構造です。このメカニズムを頭の中で想像しながら用を足し、手を洗うときに、今度は蛇口の青色と赤色の半円マークと「対決」するのです。

 筆者の頭の中にはドア(表示錠)の赤色/青色の「残像」があります。そのため、蛇口の半円マークの真ん中に「架空の表示窓」が現れ、「現在の水温は、熱くも冷たくもなく常温です」と、中立のポジションを示していると思い込んでしまいます(図7-1の状態)。

 「架空の表示窓」の仕組みとしては、「窓が正面に固定で、背面の赤色/青色を動かす」と「背面の赤色/青色が固定で、窓を動かす」の2種類が考えられますが、筆者はドアの表示錠と同じで、どうしても前者の考え方をしてしまいます。

蛇口のパターン 蛇口を前にした筆者の思考パターン。図7-1(左) 中立の位置(常温?)/図7-2(中央) 左に回す(冷水?)/図7-2(右) 右に回す(温水?)

 筆者の頭では、「冷水を出したいなら、(架空の)表示窓に青色を出せばいいので、レバーを左側(←)に回し(図7-2)、温水ならば右側(→)に回せばよい(図7-3)」と自動的に考えてしまいます。ですが、実際はその逆で、右側に回すと冷水が出てきます……。

 なぜこのタイプの蛇口に出会うと、思いとは裏腹に蛇口を逆に回してしまうのでしょうか。このときの筆者の行動、思考パターンはおおよそ以下の通りです。

  1. 個室のドアに赤色/青色の表示錠がある。その操作は明確である
  2. 手を洗う際、蛇口の赤色/青色の半円マークを見て、どちらに回すか悩む。少し考えて、ドア(表示錠)と同じ方式だと思う
  3. だが実際は、ドアの赤色/青色と蛇口の赤色/青色は、「操作の思想」が正反対である
  4. 結果、フラストレーションや設計者への不信感が募る……

 ちなみに、この原稿は、フランクフルト空港で成田行きの飛行機を待っているときに書いています。筆者が宿泊したドイツのホテルのトイレは、ラインガウ、ファルツ、ナーエのいずれでも、洗面用の蛇口とシャワーのレバーは、ここで取り上げた「赤色/青色の半円マーク方式」でした。右側へ回すと(筆者の気持ちに反して)、冷水が出てきます。どうやら、赤色/青色の半円マーク方式で右へ回すと冷水が出るのは「国際仕様」のようです。とはいえ、この仕様の蛇口に出会うたびに、「この設計をしたエンジニアの考えを知りたい」と思うのです。

 ただ、帰りの飛行機のトイレに設置された蛇口は、図8のようになっていて、青色のボタンを押すと冷水が出て、赤色のボタンを押すと温水が出てきます。このような「紛れもないユーザーインタフェース」を見ると、ホッとします。

機内の蛇口のユーザーインタフェース 図8 機内の蛇口のユーザーインタフェース

問題編(制限時間5分)

 筆者のような勘違いをする可能性が少しでもあるならば、ユーザーインタフェースとしては“適切な設計とはいえません”。今回の題材の場合、万一、選択を間違えても、冷水の代わりに温水が出る程度の被害で済みますし、「さてどっちだ?」とじっくりと考える時間があるならば、さほどシリアスな問題にはならないでしょう。しかし、組み込み系の製品などではそうはいきません。

 毎回「どちらだろう?」と悩むことは大きなストレスですし、「肘と膝」「うつ伏せとあおむけ」のように、とっさにどちらか分からないと、事故につながる可能性があります。また、緊急避難路の表示のように、生命にかかわる場合は、重大な結果に結び付きます。

 では、この赤色/青色の半円マーク方式の蛇口をどのように改善したら誤操作がなくなるのか? ユーザーインタフェースの改善策を2つ以上考えてみてください(【解答編】では4つの解決策を示します)。

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