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全数検査の落とし穴 ―― 全人口にPCR検査をしても意味がない数学的な理由組み込みエンジニアの現場力養成ドリル(26)(1/2 ページ)

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、もっと広く、多くの人へのPCR検査実施を求める声があります。ただ、私は「日本の全人口に対しPCR検査をしても、感染状況の実態は全く把握できない」と数学的に思っています。その理由を見ていきましょう。

» 2020年04月27日 11時00分 公開

 新型コロナウイルスの爆発的感染により、この3カ月で世界中の人々の生活が一変しました。組み込みソフトウェア開発系の皆さんも、「デスマーチ」の10倍以上、大混乱されていると思います。

 連日、テレビのワイドショーでは、放送時間の半分以上を新型コロナウイルス関係に割いています。私のような物書きからすると、例えば、「デンバー国際空港自動手荷物処理システムの崩壊」をネタに連続50回でコラムを書くようなものです。同システムは、1991年に開発を開始し、結局は打ち切りになった世界的に有名で壮大な「デスマーチ・プロジェクト」です。ツッコミどころは満載ですが、これをネタに50回も連続でコラムを書けません。5、6回でネタ切れになります。「2時間モノのワイドショーで、1カ月以上、よく、毎日いろいろな切り口で番組を作れるなぁ」ともの凄く感心します。

 ただし、絶対に感心できないことが1つあります。出演していた某コメンテーターが、次のように主張しました。「新型ウイルス感染の実態を把握するため、もっと広く多くの方々にPCR検査を実施することが正確なアプローチになりますね」

 このコメンテーターは、これまで、消費税10%、ラグビー・ワールドカップ、首里城の消失から、小学校でのプログラミング教育の必修化まで、何でも自分の思うところをズバズバ述べる「全方位・全天候型爆撃機」です。ある意味、「1塁ランナーへの牽制球も打ちにいくストライクゾーンがやたらに広いバッター」に見えます。

写真はイメージです。

 直感的には、日本の全人口を検査すると感染の実態を正確に把握できるような気がしますね。また、別の評論家は、「総理大臣がPCR検査を増やせと指示しても増えない。医療の現場が検査数を増やそうとしない。なぜ、こんなことが起きているのでしょう?」「ドライブスルー形式でPCR検査を実施し、不安になっている人々の不安を取り除いてもらいたい」と政府や自治体への要望を述べました。一般の人々も、「自分が感染していないか、チェックしてほしい」と考える人も多いでしょう。

 私は、「日本の全人口に対しPCR検査をしても、感染状況の実態は全く把握できない」と数学的に思っています。その理由を見ていきましょう。

全数検査のわな

 今回は、典型的な「条件付き確率」である新型コロナウイルスの検査を取り上げます。

 条件付き確率は、英国の数学者で神学者のトーマス・ベイズ(1702〜1751年)が提唱したもので、別名、「ベイズの定理」です。これは300年前の古典的な数学で、ニュートンとライプニッツが微分積分の基本を発見した*1)少し後です。条件付き確率は、微分積分みたいに、「長期間の訓練」が必要な学問ではありません。ソフトウェア技術者なら5分で簡単に理解できます。ただし、直感による確率と、数学的に計算した確率が全く違うため、条件付き確率を知らないと、今回のPCR全数検査のように、誤解したり大混乱したりします。

*1)1660年代、超変人のニュートンは、「オレが先に微分積分の概念を見つけた」とライプニッツと25年も裁判をしました。この他、「万有引力」「光の分散と干渉」でも、先取権で泥沼の争いを演じたそうです。ちなみに、新しい数学(20世紀に登場した数学)として有名なのが、「トポロジー」「ゲーム理論」「ファジー集合」でしょう。個人的なことですが、ファジー集合の提唱者であるロトフィ・ザデー教授とは、35年前、研究室が近かったため、トイレでよくお顔を見ました(頭髪も含め、サザエさんに出てくる波平さん風の柔らかい感じでしたが、恐れ多くて、お話したことはありません)。

 条件付き確率は、本コラムの第5回「世界最高のIQ女性 vs 数学者軍団」でも取り上げました。いわゆる「モンティ・ホール問題」は、第5回のコラムで書いた事件が発端となりました。このコラムを読んで、「確かにマリリン・ボス・サバントの言う通りだ」と思った人は、以下を読む必要はありません。

問題(制限時間:30分)

 以下の条件でのウイルス検査を実施します。この検査で陽性と判定された場合、本当に陽性である確率を計算してください(純粋に確率の問題です)。

①検査方法の仕様
 感度 :98% 本当の感染者を正しく陽性と認定する確率(真陽性率)
 特異度:90% 正常者を陰性と正しく認定するする確率(真陰性率)

②罹患率:0.1%
 ある集団で実際に感染していると推定される確率。0.1%は、1000人に1人で、日本の人口が1億2000万人とすると、実際の感染者は12万人と仮定します(かなり多め)。

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