大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
「プロセッサIPを出せばいい」時代の終了、Armはどう対処するか(2/2 ページ)
Armが力を入れる「エコシステム」の構築
単純にプロセッサIPだけを提供すればいいという時代にArmはどう対処していくか。そこで同社が力を入れているのが、エコシステムによるサポートの強化である。
Black Pepperが10社目となった「Arm Approved Design Partners」は、ArmベースのSoC開発を代行してくれる、要するに一昔前で言うところのDesign Houseであるが、ポイントはArmがその能力を承認しているという点である。
以前だと、こうしたDesign Houseを使うとコストが掛かる以上に、自社に技術が残らない点を問題視する向きも多かった。しかし、昨今では開発に失敗した場合の損害が多大であるので、それを勘案するとDesign Houseのコストは十分見合うと認識されている。また、こうした動向の可否はとにかくとして、上位の仕様策定がSoCベンダーの仕事で、実装は外注任せというところも増えてきた(これは16nmプロセスが実用になった頃に、特に上海のSoCベンダーを中心に急激にそうした方向性になってきた)ので、Armとしてもこうした方向性に対応する必要があると判断したのだろう。
これまで同社のエコシステムとは、IPを購入してくれる顧客に対して設計やデバッグサポート、さまざまなソフトウェア提供などが中心だったが、昨今は「IPを買っても自社では開発しない」顧客が増え始めているという事であり、そうした顧客向けの認定Design Houseが10社目に達したという事がこれを裏付けているように思う。
◎「Arm」関連記事:
» 「ARMコアの普及」(前編)――AppleとNokiaに見初められたプロセッサIP
» 「ARMコアの普及」(後編)――Intelの牙城に迫るプロセッサIP
» Arm買収から1年半、明確になったソフトバンクのIoT戦略
» 「IoTはシンプルでなくては」Armが考えるIoTの課題
» 組み込みAIを加速させるARMの画像処理プロセッサ
進まぬMCU向け実装
ところで、先端モバイル向けは動きがやや遅いと書いたが、もっと遅いのがMCU向けである。実際、2016年11月のArm Techconで発表されたCortex-M23は、2018年6月25日にMicrochipの「Sam L10/L11」として初めて製品化された。発表から2年近くたっての製品化である。
Cortex-M23と同時に発表されたCortex-M33に至っては、2018年1月にNordic Semiconductorがプレビューアナウンス(Nordic nRF91 low power cellular IoT ‘sneak peek’ – cellular made easy, cellular for everything else)を行ったものの、現時点でもまだサンプル出荷にとどまっており、量産は始まっていない。
Cortex-M23/M33の場合は単にシリコンだけでなく、TrustZoneをきちんと扱うためのソフトウェアスタックの充実が必須であり、これに少なからぬ時間を要していると思われる他、TrustZoneだけでなくSecure Key StorageやらCryptography AcceleratorやらTRNGやら、必要とされる周辺回路も多い。
こうしたものをきちんと、それこそArmのPSAに合致させなから、かつ自社でこれまで提供してきたSecure MCUの延長に位置付けられるように構築するのは予想以上に大変、ということではないかと思う。Cortex-M35PはArm v8Mベースで、更に同社がスマートカード向けなどに提供しているArm SecuCoreと同等の物理保護機能を実装したMCUであるが、これを提供するに至ったのは、Cortex-M23/33の顧客による実装が予想以上に遅いことに痺れをきらして、より包括的なソリューションを提供することでこの流れを加速させたいのでは?と筆者は勘繰っている。
「FD-SOIベースCortex-M MCU」登場の可能性
これと並行して興味深いのがTSMCの22ULP/ULL向けIPの提供と、Samsungの28FDS向けeMRAM Compiler IPの提供である。
現在は55~40nmあたりがMCU向けの先端プロセスで、まだ90nm~65nmあたりを使っているメーカーも多いが、早晩これらは28nmあたりに移行すると見られている。TSMCの22ULP/22ULLは、実際には28HP+の延長にあり、一応Optical Shrinkはかける(5%程度)ものの、最大の違いはセルライブラリであり、その意味では28nm世代と考えてよい。
ただ、MCUの場合はembedded Flashが必須要件で、これが28nmへの移行を妨げていた部分もあるのだが、TSMCの場合はルネサス エレクトロニクスと共同でembedded Flashを開発しており、既にルネサスは2018年3月から量産を始めている。この技術を元にTSMC自身も顧客に対してembedded Flashを22ULP/22ULLで提供してゆくと見られる。
これに対してSamsungやGlobalfoundriesはembedded MRAMをFD-SOIプロセス向けに強力に推進中である。特にIoTに向けて省電力性を高めたいというシーンではFD-SOIが原理的に有利という話もあり、それと性能/耐久性がFlashよりもずっと高いMRAMの組み合わせはIoT向けに最適とされていた。
今回Armが自らeMRAM Compiler IPをリリースするというのは、こうした見方に一定の根拠を与えることになるだろう。そういう意味では、2019年あたりにはFD-SOIベースのCortex-M MCUが登場してきても不思議ではない。
AmazonやMicrosoftを追いかけるArm
最後にStream Technologiesの買収の話を。もともとMbed OSそのものが買収によって誕生し、その後これがMbed Cloudに拡大してゆく途中でも多くの企業を買収、その技術を取り込んできたArmのこれまでの経緯を見ると、買収そのものは不思議ではない。
ついでに言えば、Armの買収は大方がうまく行っている。買収した企業の持っていた技術が同社のテクノロジー拡充に大きな役割を果たすというパターンが多く、今回のStream Technologiesの買収も、Mbed IoT Device Management Platformの強化に貢献するものとなるだろう。
もともとMbed Cloudは「何でもつながる」と言いつつ、実際は単にRESTプロトコルを扱いさえすればサポートするというだけ(つなげた上で会話を行うところまではユーザー任せ)という、放任というか、何もしないという状態に近かった。それを「もうちょっとなんとかします」という方針が2017年のArm Techconで表明されている
今回の買収はこのうち、特にMPDMの強化に大きな効果があると思われる。これだけで先行するAmazonやMicrosoftをキャッチアップできるとは思えないが、距離を詰めることはできるだろう。
というわけで、一連のプレスリリースから昨今のArmの考えていることをちょっと推察してみた。プロセッサIP業界のトップにあっても、いろいろと忙しい風情が透けて見えるのはなかなか面白いところだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
これを読めばここ1カ月のエレクトロニクス/組み込み業界の動きが分かる連載。注目すべき市場動向と注目すべき製品を取り上げます。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] AIで脱炭素計画を最適化、初年度からエネルギーコストとCO2を削減する方法 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の開発動向、日本の投資戦略やコスト目標の見通しは?
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:フィジカルAIが生み出す新たな「設計思想」――電子版2026年8月号
-
2
半導体装置メーカー 業績まとめ【2027年3月期第1四半期】
-
3
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part4)
-
4
一時は時価総額トヨタ超え キオクシア2026年度の動向
-
5
微細配線間の絶縁劣化をどう捉える? 先端パッケージ評価の最前線
-
6
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part1)
-
7
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:2026年上半期の半導体業界を振り返る――電子版2026年7月号
-
8
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part3)
-
9
CADツールの見直しは本当に必要? 切り替えの理由と効果を7つの質問で検証
-
10
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part2)
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー