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Intel「迷走の構図」 NVIDIAとの協業にも浮かぶ疑問符大原雄介のエレ・組み込みプレイバック(4/5 ページ)

» 2025年10月16日 12時00分 公開
[大原雄介TechFactory]

トップ同士の“ノリ”? NVIDIAとの協業発表で浮かぶ疑問符

 さて、ここまでの話はある意味Intelの“中の人”も分かっていた事柄である。問題はここからである。9月19日に発表されたNVIDIAとの協業は、寝耳に水という中の人も多かったのではないかと思われる。今回の提携では先に示した記事で紹介したように

  1. データセンター向けにIntelがNVIDIA向けにカスタムしたx86 CPUを開発し、NVIDIAが販売するAIインフラストラクチャ向けに供給する
  2. PC向けにIntelがNVIDIAのRTX GPUチップレットを統合したx86 SoC(System on a Chip)を開発する

の2つが挙げられている。実はこの両方とも結構くせものである。まず(1)。NVIDIAは既にDGXシリーズでXeonとNVIDIAのGPUを組み合わせたシステムを提供中だし、顧客の多くもこの構成を利用している。昨今NVIDIAは独自にGraceと呼ばれるNeoverse V2×72コアのCPUを開発し、これとHopper CPUを組み合わせたGrace Hopperシステムをまず開発。このGraceをBlackwellに置き換えたGrace Blackwellシステムを2024年に発表。この次世代はCPUがVera、GPUがRubinとなる事を既に発表済みで、2026年後半にリリースされる予定だが、VeraもやはりArmベースのカスタムCPUである。問題は既存のx86+NVIDIA GPUの顧客で、新製品のプラットフォームを利用するためにはx86→Armへのソフトウェアの移行が必要である。なのでもしx86ベースのカスタムCPUが提供されれば、既存の顧客のアップグレードパスとして非常に有用である。

 なのだが、これは現在のIntelのXeonシリーズでは無理である。最大の理由はNVLinkである。Grace Hopperの世代であっても、CPUとGPUをつなぐNVLinkは800GB/secの帯域を持っていた。2025年1月に発表されたGB10ですら、MediaTek製のSoCコアとNVIDIAのBlackwellベースGPUコアの間は600GB/secのNVLinkで接続されている。(1)で示された話はRubin世代で間に合うかどうかも怪しく、実際にはその後継のRubin Ultraないしその後のFeynman世代がターゲットになると思われるが、Rubin世代のNVLinkの帯域は低く見積もっても1TB/sec程度が要求されるだろう(実際には2TB/sec近くても不思議ではない)。ところが現在のXeon Scalableの設計は、この半分の帯域すら怪しい。これはXeon Scalableの基本設計(特に複数のChipletを貫くように接続される、内部のRing BusベースのMesh Networkの帯域)の制限によるところが大きい。実際NVIDIAのGPUをNVLinkでつなげなければこんな巨大な帯域を必要とはしないのだが、それだとPCI Express経由でNVIDIAのGPUを接続する事になり、そもそもカスタムCPUを作る必要すらない。逆に言えばカスタムCPUのターゲットは現在のGrace HopperとかGrace Blackwellのように、1枚のボードの上にCPUとGPUが密結合(間はNVLinkで接続)される構成と思われるが、これを実現するためにはXeon Scalableの基本的な構成から見直す必要があるだろう。

 実は先のZinsner氏の談話、データセンター部門への言及もある。Intelの公式なロードマップではP-Core製品に関して現在のGranite Rapidsの後継に関しての説明が無いのだが、Zinsner氏は"As we progress from Diamond Rapids to Coral Rapids and so forth, great opportunity for us to command better pricing as we deliver more per watt to our customers."と明確に述べており、既にP-CoreベースのDiamond Rapidsと、さらにその後継のCoral Rapidsの開発が進んでいる事を認めてしまっているのだが、今回発表されたカスタムCPUがDiamond RapidsなりCoral Rapidsで性能的に足りるのか(特にI/Oの帯域は十分なのか)? は定かではない。まさかこれが理由でSinghal氏が離職した訳ではないとは思うが、中の人は今頃既存のロードマップの中でこれをどうやって作るのか頭を抱えているのではないかと思う。

 (2)はむしろNVIDIA側の問題である。NVIDIAは統合グラフィックの経験が非常に乏しい。特に問題なのは、ローカルにメモリコントローラーを持たないケースだ。Grace Hopperの場合、GraceにはLPDDR5が、HopperにはHBM3がそれぞれ接続され、この2つのメモリがNVLink経由でキャッシュコヒーレンシを取るという力業の構造だった。GB10は統合グラフィック(メモリコントローラーはSoC側にのみ存在)であるが、256bit幅のLPDDR5x-9400で300GB/sec前後の帯域を持つMemory ControllerがNVLinkから直接内部Fabric経由でアクセスできるような構造になっており、メインはGPUからのアクセスでCPUからのアクセスがむしろオマケといった扱いである。最近で言えば「Switch 2」(関連記事:「「Switch 2」を分解 NVIDIAのプロセッサは温存されていた?」)のようなケースもあるから経験が皆無とは言わないが、AMDのRDNA3.5とかIntelのXe2/Xe3 GPUはUMAの環境で必要なメモリ帯域をうまくCPUとGPUで分け合うようにかなり細かなメカニズムや最適化を施して現在の性能を確保しており、こうした経験がNVIDIAには無い。

 もちろん、過去にはGPUコアに専用の広帯域メモリ(HBM)を搭載して無理やりワンチップ化したCore Processor with Radeon RX Vega M Graphicsなんてゲテモノもあったので不可能ではないのだろうが、(2)のチップが出てくるころはRDNA4やXe3が競合となる。果たしてこうした競合と同等の最適化が行えるGPUのチップレットをNVIDIAは製造できるのか? こちらはNVIDIAの担当者が頭を抱えていそうである。

 そもそも今回の発表、トップ同士が意気投合して(といっても取締役会には図っただろうが)いきなり決まった感がある。Press Conferenceの様子を見直しても、まずは大枠だけ決めて詳細は後で考えましょう的なノリを感じたのは筆者だけではないだろう。正直これが結果的にIntelの足を引っ張る事にならなければ良いなと思うのだが。

 最後に投資の問題。冒頭で示した記事「米国政府がIntel株を10%取得 元王者の救済は「国有化への序章」か?」以外にも、8月にSoftbankから20億米ドルの株式取得があり、今回のNVIDIAの分も併せると160億米ドル近い資金調達に成功した事になる。普通なら十分なのだろうが、Gelsinger時代に多くの工場建設計画をブチあげ、さらに補助金までもらった状態でホールドしている(例えばオハイオ工場は当初の建設計画を5年間先送りにした)ので、こうした分まで加味するとまだ足りない事になる。もちろん、これはIntel 18Aが順調に立ち上がって顧客が付けば大きな問題にならなかったのだが、実際にはIntel 18Aの顧客への提供を断念して社内利用(と、米国政府との契約分)のみとし、ファウンドリーとしての提供はIntel 14Aからとしており、このIntel 14Aが立ち上がらないと全部が破綻しかねない。

 そもそもIntel 18Aですら、散々「順調」と説明してきていながらのこの状況なだけに、Intel 14Aが順調とか言われてもそれをどこまで信じられるのかは微妙なところである。過去に14nm/10nm/Intel 7/Intel 3も同様に順調とか言いながら結局ファウンドリーサービスとして成立してこなかった事を鑑みると、筆者としてはやはり怪しいと考えざるを得ない。取りあえず開発に必要な資金は集まった。ただそれとIntel 14Aが成功するかどうかはまた別の話であり、依然としてIntelは危険な橋を渡っている最中でしかないと考えている。

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