大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
Appleは訴えたのにAMDは見逃し、GLOBALFOUNDRIESによるTSMC提訴の背景(2/2 ページ)
単に言いがかりを付けているだけ?
先に書いておけば、これに対してTSMCは2019年8月27日にリリースを出しており、「現在GLOBALFOUNDRIESによる訴えを精査中であるが、GLOBALFOUNDRIESの訴えには根拠がないと確信している」で始まるあたりは、まあ予想通りである。実際のところどうなのか(つまりTSMCによるGLOBALFOUNDRIESの特許侵害はあったのか?)と言うのは、現時点では筆者には判断が付かない。普通に考えた場合、サブマリン特許ならばいざ知らず、今回侵害があったとされる特許は古いもので2008年、最新のものでも2016年に公開されているから、いずれもTSMCはその内容を精査した上で、自社のプロセスでこれに引っかからないような方策を取っている(もしくは回避できないものについては特許のライセンスを受けるための交渉を行う)はずである。実際、この業界ではしばしば特許侵害の訴訟が起きているが、その大半はライセンスに関する交渉が行き詰った(もしくは交渉が不成立に終わった)ケースである。今回、両社のリリースを読む限りは、こうした特許のライセンスに関する交渉がそもそも行われていた形跡がない。逆に言えば、TSMCはGLOBALFOUNDRIESの特許侵害を行わずに、自社での製造が可能であると自信を持っていると考えられる。
ではGLOBALFOUNDRIESは単に言いがかりを付けているのか? というと、それも考えにくいのは事実だ。恐らくはGLOBALFOUNDRIESから見れば、自社の特許侵害の範囲と見なせるような構造だが、TSMCは特許を回避すべく工夫を凝らして逃げた構造がTSMCの製造するチップの中に存在しており、これを細かく挙げてきたものと思われる。このあたりは(どちらかが訴訟から降りない限り)、最終的には裁判所の判断を待つことになるだろう。今回の第一報を聞いた米国のアナリストが、(GLOBALFOUNDRIESが勝つ可能性は)50対50だと言っていたのは、最終的にはこの細かな回避の構造をどう見なすか、現時点では判断できないためであろう。
むしろ気になるのは、単にTSMCだけを訴えるのではなく、その顧客とさらにはディストリビューターを訴えたこと、もう一つは顧客リストにAMDが入っていないことだ。顧客を訴える、というのはこの業界でもしばしば見られる話であるが、ここまで広範に顧客を訴訟リストに載せるのはちょっと珍しい。古い話であるが、2003年にSCO GroupがIBMを訴えた事例(同社はUNIXの著作権を保持しているとした上で、LinuxはUNIXの不正な派生物であるとし、Linuxを推進していたIBMに当初10億ドル、最終的には50億ドルの損害賠償を請求したというもの)を思い出す。この時SCO GroupはIBMだけでなくその顧客であるダイムラークライスラーやAutoZoneも併せて訴えるという手法を取った。最終的にこの人質を取る戦略は全方位からフルボッコにされ、そもそもSCO GroupにUNIXの著作権がない(ので訴えそのものが無効)という悲しい決着が付いた話であるが、何となくこれを非常に連想させるものがある。
なぜAMDを訴えないのか?
もう一つ、今回の訴訟が非常に政治的な色を感じるのはAMDを訴えていない事だ。AMDはこれまでGLOBALFOUNDRIESを長く利用してCPUを製造してきたが、最新の製品に関してはTSMCの7nmプロセスで製造を行っており、なので本来ならば訴訟対象の顧客リストに挙がっていても不思議ではない。逆になぜ挙がっていないのか? を考えると
(1) AMDは基本的にファウンドリーの提供するStandard Cell Libraryを利用せず、自社のCell Libraryを利用してチップを製造している。今回の訴訟対象となっている特許侵害が主にTSMCの提供するStandard Cell Libraryに内包されているとすれば、自社のCell Libraryを利用したおかげで対象とならない可能性がある。
(2) AMDはGLOBALFOUNDRIESと長く製造委託契約を結んでいる、というかそもそもGLOBALFOUNDRIES自身がAMDからのスピンアウトの形で立ち上がったものなので特許のクロスライセンス契約を結んでおり、この結果としてTSMCで製造した場合でも特許侵害とならない。
(3) AMDは現在もGLOBALFOUNDRIESの重要な顧客の1社であり、実際14/12nm製品は引き続きGLOBALFOUNDRIESで製造されているほか、7nmのCPUについても、これと組み合わせるI/O ChipletはGLOBALFOUNDRIESで製造を行っている。このため、訴訟から外れる事になった。
の3つが考えられる。ただ正直(1)の可能性はかなり低い。例えば6./10./13.といった特許はCell Library以前のトランジスタの構造に関わる部分だから、どうCell Libraryを構成しても間違いなく引っかかりそうだ。なので、可能性としては(2)か(3)ということになる。実際この両方が関係しているというのが正確なところではないかと思う。
となるとGLOBALFOUNDRIESの目的は何か? もちろん第一義的には特許侵害が認められ、これによってライセンス料がTSMCから支払われる事であり、ついでにTSMCとの間でクロスライセンス契約が結べたりすれば、さらにハッピーであろう。ただその一方で、顧客企業との間で(AMDの様な)新たな製造委託契約が結べるか? と言えば、それは望み薄である。今回リストに挙がった顧客は、アナログあるいはRFではなくHighspeed Digital向けの製品を製造しているベンダーで、7nmやその先の5nmなどを志向しており、GLOBALFOUNDRIESはここに提供できるソリューションを持たないためだ。逆に言えば、GLOBALFOUNDRIESからすれば、例えばAppleとかGoogle、NVIDIA、Xilinxといった企業はこれまでも顧客では無かったから、これを敵に回したところで失うものはない。むしろこうした企業がTSMCに対してプレッシャー(訴訟費用や賠償費用の肩代わりなど)を掛けてくれればありがたい、くらいの気持ちであろうと思われる。
さてこうした動きは、典型的な半導体関連企業の考え方ではない。冒頭に挙げた、直近の資産の切り売りも併せて考えると、GLOBALFOUNDRIESの親会社であるアブダビのATIC(Advanced Technology Investment Company)が、投資回収フェーズに入ったのではないか? という疑いを非常に強く持っている。ATICは当初こそGLOBALFOUNDRIESを世界有数のファウンドリーに仕立て上げることで、それこそ現在のTSMCと同じような売り上げと利益を期待していた(2018年度のTSMCの売り上げは1兆315億ニュー台湾ドル、純利益3512億ニュー台湾ドル。2018年末の為替レートで換算すればそれぞれ3兆6991億円、1兆2594億円になる)はずだが、実際はここに遠く及ばず、しかも先端プロセスに向けた投資がさらに重くのしかかっていた。2018年3月にCEOが前任者のSanjay Jha氏から現在のThomas Caulfield氏に交代になった時から、この方針転換(と投資回収)は決まっていたのかもしれない。GLOBALFOUNDRIESは今後、どちらかといえばFD-SOIをベースとした特殊なプロセスと、アナログ/RFを中核とした量産向けを中心に小さくまとめていくというのが既定路線であり、この方針転換にあたって「取りあえず獲得できそうな金はできるだけ回収しておこう」というのが今回の訴訟につながったのではないか? と筆者は疑っている。実際、これがATIC主導の動きだとすれば、納得できるロジックだからだ。
こうなるとSamsung Foundryとしても安穏とはしていられないところだ。幸い同社の場合はもともとIBMおよびGLOBALFOUNDRIESとの間でCommon Platformという取り組みをしていた経緯があり、それもあってクロスライセンス契約がそれなりに結ばれているはず(そもそもGLOBALFOUNDRIESの14nm自身、元はSamsungのものである)で、TSMCよりは訴訟を起こされる危険性は低いと思われるが、GLOBALFOUNDRIESそのものではなくATICが主導しているとなると、危険性がないとは言えないだろう。なかなか面倒な時代になったものである。
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