「ARMコアの普及」(後編)――Intelの牙城に迫るプロセッサIP(1/2 ページ)
ARMはCPUの設計図(IP)を開発販売する企業だが、現在のような地位は「製品の素晴らしさ」だけで培われたものではない。Intelの牙城を侵食しつつあるまでに至った、ARMの強さの源泉を探る。
なぜARMは市場を席巻できたのか
前編(「ARMコアの普及」――AppleとNokiaに見初められたプロセッサIP)ではARMの歴史から現在の主力である「Cortexシリーズ」のラインアップまでを紹介した。では、なぜこれらがスマートフォンから車載機器、産業機器まで幅広く利用されるに至ったのかだが、これは単純にCortexシリーズが性能的に優れているからという話だけではない。理由の推測には、複数の立場からの考察が必要となる。
まず半導体メーカーだが、彼らは製造したチップを使ってもらわねば売上が立たない。特にデジタル半導体ベンダーの場合、CPUを組み込んだSoCが一番単価を高くできるので、できればこれを自社で製造販売したい。そのためにはCPUを調達しなければならないのだが、これが意外な難問である。
CPUは自社で開発すると、規模にもよるが小規模(8bit程度のMCUや小規模なDSP)なもので数十人×1年程度、それなりの性能のものだと数百人×3~4年というリソースが必要になる。この開発コストだけで数億円~数百億円のオーダーになる。CPUだけ作っても販売にはつながらず、周辺回路やコンパイラ、ドキュメントを含む開発環境の整備、主要OSやミドルウェアの移植、実装/検証用ハードウェアの準備なども必要になる。MCUの規模ならばFPGAで代替することも可能だが、大規模になると間に合わない。
更にトレンドの変化に応じて、バージョンアップや暗号化アクセラレータ搭載などの機能向上も必要となる。こうしたコストを考えると、それなりに体力のある会社でないと自社でCPUを開発・提供してゆくのは不可能である。
実のところCortex-M3がヒットしたのは、これが理由である。Cortex-M3が登場した2004年頃は、主要なマイコンベンダーが32bitへの移行をどうすべきか悩んでいた時期でもある。8bitや16bitに関しては各社が自社開発のコアでまかなっていたが、32bitで自社開発となると相当なコスト発生が予想できた。
だからといって移行しないと、今後登場する32bit MCUのマーケットをみすみす失うことになる。こうした理由で32bitの有力なアーキテクチャを持っていなかったNXP SemiconductorやSTMicroelectronicsがいち早くCortex-Mベースの製品を投入しており、それが現在の興隆につながっている。
ARMのライバルたち
ARMの前はMIPS Technology(現 Imagination Technology)がやはりCPUコアをIPとして提供しており、サーバから組み込み機器まで広く利用されていた。だが、もともとがワークステーション向けのCPUコアということで、製品ラインアップは高性能化の方向に向いており、省電力に関して言えばARMに一歩及ばない感があった。この結果として次第にシェアを失っていった。
またARC International(現 Synopsys)やTensilica(現 Cadence Design Systems)、Andes Technology、Cortus S.A.A、Digital Core DesignなどCPU IPを提供するベンダーは現在も幾つか存在するが、ARMに匹敵するラインアップとサポートを提供できる会社は存在しない。
ちなみにMIPSとARMは「アーキテクチャライセンス」と呼ばれるものも提供している。これは、MIPS及びARMの命令セットを使う独自のプロセッサを開発できる、というライセンスである。
ARMのエコシステム(開発環境やOSのサポートなど)はそのまま使いたいが、CPUコアそのものは差別化のために独自開発したい、というメーカー向けのものであり、先に出てきたQualcommもこのアーキテクチャライセンスを受けてKryoという独自プロセッサを開発しているが、命令セットはARMのそのままである。こうした選択肢があることもARMが人気を博している理由の1つである。
開発者にとっては、性能もさることながら「開発環境の充実」と「選択肢の多さ」がアーキテクチャ選択のキーになる。前者に関しては、ARMをサポートする開発環境の多さがポイントである。IDE(統合開発環境)だけでも数社が提供しており、JTAGやDebug Probe、ICEなどもある。仮想プロトタイピングツールもあるし、シミュレーター類も多数ある。更にARMに対応したOSやライブラリ、ミドルウェア類も豊富である。こうした開発環境の充実は、開発期間の短縮に大きく貢献する。
また、部品レベルでの選択肢の豊富さも支持される理由といえる。Cortex-A9ベースの組み込み向けSoCを数えればチップレベルで数十、モジュールレベルなら数百種類が存在し、Cortex-M3ベースのMCUなどチップだけで数百種類を越すだろう。目的にあったチップを選べるという選択肢があること、あるいはある製品がダメだったときの代替製品の入手などが、ARMベースだと極めて容易である。
実際、主要マイコンベンダーがこぞってCortex-Mベースの製品を提供するようになった理由こそが「顧客からの要望」であった。2013年あたりから顧客は、各マイコンベンダーの独自アーキテクチャではなく、ARMのCortex-Mベースの製品を望むようになってきており、これに各ベンダーが対応した結果が現在の圧倒的なシェアに結びついている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
特集(エレクトロニクス)
「エレクトロニクス」関連の特集記事です。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] AIで脱炭素計画を最適化、初年度からエネルギーコストとCO2を削減する方法 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の開発動向、日本の投資戦略やコスト目標の見通しは?
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:フィジカルAIが生み出す新たな「設計思想」――電子版2026年8月号
-
2
半導体装置メーカー 業績まとめ【2027年3月期第1四半期】
-
3
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part4)
-
4
一時は時価総額トヨタ超え キオクシア2026年度の動向
-
5
微細配線間の絶縁劣化をどう捉える? 先端パッケージ評価の最前線
-
6
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part1)
-
7
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:2026年上半期の半導体業界を振り返る――電子版2026年7月号
-
8
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part3)
-
9
CADツールの見直しは本当に必要? 切り替えの理由と効果を7つの質問で検証
-
10
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part2)
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー