関西学院大学 玉田俊平太氏 講演レポート
やさしく教える「破壊的イノベーション」の基礎(2/3 ページ)
(2)破壊的イノベーションとはどのようなものか?
イノベーションを生み出すのは誰か? 歴史のある大企業であれば、製品を作る技術力やノウハウもあるし、それを高品質でコスト内に収めて製造する生産能力もある。さらには、絶大なブランド力の下、強力な販売網を有し、きめ細かサービスも展開。既存顧客との厚い信頼関係が築かれている。そのため、非常に優位な立場にあるように感じる。
しかし、「こうしたあるあるづくしの歴史ある大企業が、新規参入企業との競争に負ける事例がいくつか観測されている」と玉田氏は説明する。「『イノベーションのジレンマ』を読んだことのある方であれば知っていると思うが、HDD業界では有力企業よりも新規参入企業が業界をリードしてきたという歴史があるし、掘削機業界でも油圧式が台頭し、これまで普及していたケーブル駆動式を採用する企業を追いやっている。他にも、鉄鋼業におけるミニミル(電気炉)のシェア拡大が挙げられる。このように、過去さかのぼってみると歴史ある企業が新規参入企業に負けてしまうケースがいくつもあった」(玉田氏)。
では、なぜ大企業が負けてしまったのか。多くの場合、「将来への投資が甘かった」「新規ビジネスに対応する能力やリソースが不足していた」「しっかりとした事業計画がなかった」「大企業ならではの官僚主義、慢心があった」と分析し、“経営判断のミス”という結論に落ち着くと思われる。しかし、コンピュータ業界を見てみると、「この理屈では説明がつかない」(玉田氏)という。
かつて圧倒的なシェアを誇ったIBMのメインフレーム事業は、後に登場した性能も価格も10分の1程度のミニコンピュータを手掛けるDEC(Digital Equipment Corporation)やData Generalといった新規参入企業の勢いに押され、徐々にローエンド領域からIBMの既存顧客が奪われていった。「当時、『DECはすごい!』『DECの経営は素晴らしい』ともてはやされていた」(玉田氏)という。しかし、そのDECもさらに性能の低いマイクロプロセッサを搭載したパーソナルコンピュータを手掛けるAppleやCommodore、IBMの独立PC事業部(Entry Systems Division)により同じくローエンドの領域からシェアを切り崩され、立場が逆転していった。「IBMの経営/マネジメントよりもDECのマネジメントの方が優れていたから、DECがIBMのメインフレーム事業に勝利したのか? そうだとすると、DECが後にIBMのEntry Systems Divisionに負けたのはなぜか? ここには単なる経営の優劣では説明できない別の力が働いている」と玉田氏は説明する。
これが「イノベーションのジレンマ」だ。前述の事象を分析してみると共通点があるという。「それは、競争の感覚を研ぎ澄まし、大切な顧客の意見にも注意深く耳を傾けて、新技術に積極的に投資を行い、既存製品の主要顧客を喜ばす『持続的イノベーション』の上手な既存優良企業が、特定の種類のイノベーション(「破壊的イノベーション」)にうまく対処できずに打ち負かされてしまうという点だ」(玉田氏)。こうした現象のことをクリステンセンは、イノベーションのジレンマと名付けている。
持続的イノベーションと破壊的イノベーション
持続的イノベーションとは、昨日より今日、今日より明日と、性能をどんどん改善していき、従来製品よりも優れた性能で、要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙うもので、少しずつ性能を上げていくものと、一気に性能が上がる革新的なものがあるという。そして、こうした持続的イノベーションを得意とする既存優良企業は、「既存優良企業の主要顧客から見て、“性能が下がる”ようなイノベーション(破壊的イノベーション)に弱い」と玉田氏は述べる。
性能が下がるものをイノベーションと呼べるのか、疑問に思われるかもしれない。しかし、そもそもイノベーションとは、新しい製品やサービス、プロセスが市場/顧客に受け入れられることであり、性能向上そのものがイノベーションの必要条件ではない。既存製品には、その主要顧客が重視する性能/利用可能な性能がある。例えば、最高時速400Kmで走る400万円のクルマと、最高時速200kmで走る200万円のクルマがあったとしたらどちらを購入するだろうか? 「多くの場合、200万円のクルマを選択すると思う。なぜなら時速400kmでクルマを走らせる運転スキルがないし、そもそも交通ルール違反となる。それに既存の道路やカーブなどは時速400kmでの走行を想定した作りになっていない。人間のスキルの限界や法律などの制約が存在する以上、顧客が活用可能な性能には上限があり、それ以上の性能は顧客にとっての価値とはならない。厳しく言えば『いらない性能』となってしまう。現時点での4Kテレビもその例に該当する」(玉田氏)。
では、既存優良企業が得意とする、性能を上げていくような持続的イノベーションの価値が低いのかというとそうではない。既存製品の顧客が重視する性能/利用可能な性能に近づけることは、立派な価値の提供であり、ここでの取り組みにおいては、既存優良企業がほとんど勝利することができるという。トヨタ自動車のハイブリッド車「プリウス」は、既存製品の顧客(自動車を保有する層)が求める「燃費」という性能の向上に向けて作り出されたクルマであり、LED電球も白熱灯よりも寿命が長く、省エネという観点で性能を向上させた製品といえる。これらは持続的イノベーションの好例であり、実際に従来の製品よりも価格が高いにもかかわらず売れている(市場、消費者に受け入れられている)。「持続的イノベーションの見分け方は非常に分かりやすく、既存製品の主要顧客に対してそれ(製品)を見せたとき、『ほしい』という反応があれば、持続的イノベーションだといえる」と玉田氏は説明する。
一方、破壊的イノベーションとは、既存製品の顧客に対してそれ(製品)を見せたとき、「こんなものはオモチャだ!」と呼ばれてしまうようなものだという。「例えば、大型汎用機やミニコンピュータで銀行業務などを行っている既存顧客に対して、『今度マイクロプロセッサを搭載したPCが発売されるのでぜひ使ってください』といっても、『FORTRANもCOBOLも動かないようなものはいらないよ』と相手にされない」(玉田氏)。しかし、そんな破壊的イノベーションも時代とともに少しずつ性能が上がっていく。最初はオモチャと呼ばれたものも汎用OSや高性能なCPUを搭載し、大容量のメモリ、外部記憶を備え、それなりの高度な処理も可能になっていく。そしていつしか、既存製品の顧客が重視する性能/利用可能な性能のラインに到達し、持続的イノベーション側の顧客が破壊的イノベーションへと移っていく。
「顧客側からすると、持続的イノベーションだろうが、破壊的イノベーションだろうが、自分たちが重視する性能/利用可能な性能のラインを越えてしまえばどちらでもよい。ただそうなると、下からきた破壊的イノベーションの方が『メンテナンスが楽』『空調の効いた部屋が必要ない』といった、これまでにないメリットが含まれるケースが多く、破壊的イノベーションへ徐々に顧客が流れていくと考えられる」と玉田氏。つまり、破壊的イノベーションにおける性能向上が、既存製品の顧客が重視する性能/利用可能な性能のラインを越えたときが“破壊の瞬間”であり、こうなると新規参入企業がほとんど常に勝利するという。
ここであらためて持続的イノベーションと、破壊的イノベーションを整理してみると、次のようになる。まず、持続的イノベーションは、従来製品よりも優れた性能で、要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙うもの。その中には少しずつ性能が上がっていく漸進的なものもあれば、一気に性能が上がる革新的なものもある。一方、破壊的イノベーションは、既存主要顧客には性能が低過ぎて魅力的には感じられないが、(1)新しい顧客や(2)それほど要求が厳しくない顧客(別顧客)にアピールするようなシンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品をもたらすものだと、クリステンセンは定義している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
特集(製造IT)
「製造IT」をメインテーマに、モノづくり関連セミナーのレポートやインタビューなどを多数掲載。製造現場の課題解決やカイゼン、意識改革に向けた第一歩を踏み出すためのヒントを提示します。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] AIで脱炭素計画を最適化、初年度からエネルギーコストとCO2を削減する方法 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の開発動向、日本の投資戦略やコスト目標の見通しは?
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:フィジカルAIが生み出す新たな「設計思想」――電子版2026年8月号
-
2
半導体装置メーカー 業績まとめ【2027年3月期第1四半期】
-
3
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part4)
-
4
一時は時価総額トヨタ超え キオクシア2026年度の動向
-
5
微細配線間の絶縁劣化をどう捉える? 先端パッケージ評価の最前線
-
6
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part1)
-
7
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:2026年上半期の半導体業界を振り返る――電子版2026年7月号
-
8
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part3)
-
9
CADツールの見直しは本当に必要? 切り替えの理由と効果を7つの質問で検証
-
10
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part2)
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー