組み込みエンジニアの現場力養成演習ドリル(23)
スマホで極秘通信するには? 米高官が使った「簡単なのにバレない」情報の送受信法(3/3 ページ)
ソフトウェア技術者から見たスキャンダルの概要
今回のスキャンダルに対する米国の一般人の主な反応は、「FBIは個人のプライバシーに立ち入りすぎている」「メールで何でも分かってしまうので、メールは怖い」でした。一方、ソフトウェア技術者は、「Gmailの下書き機能を使うとは、素晴らしいアイデアで驚いた」「シンプルなのに秘匿力が強い通信方法だ」と称賛しました。
政府の高官、特に、軍関係者やCIA関係者は、敵対国にスキャンダルを握られると脅迫され、機密情報を漏洩せざるを得ない可能性があります。それ以前に、不祥事が露見すると米政府から罷免され、一瞬で地位を失ってしまいます。敵国に弱みをつかまれる以上に、自国の「捜査の目」をかいくぐらねばなりません。
CIAは、対外国諜報活動の最高機関です。その機関の最高責任者として、ピトレイアス長官が恐れたのは、米国全土の犯罪捜査をするFBI、人的な諜報活動をするCIAより、電子的な諜報、情報収集、サイバーパトロールをする米国家安全保障局(NSA:National Security Agency)だったでしょう。NSAは、いわゆるシギント(SIGINT:Signals Intelligence)で、通信、電磁波、信号を傍受して諜報活動をします。中でも、エシュロン(Echelon)は、巨大なコンピュータシステムを使い、メールをはじめ、いろいろなネットワーク上の情報を傍受し、暗号を解読。テロを中心に、不穏な陰謀を検出するシステムです(実際に、エシュロンがどこにどのように存在するのか、一切不明で、大統領権限でも分からないそうです)。インターネット上の通信は、公共のネットワークを流れており、100%傍受が可能と言われています。
ピトレイアス長官は思いました。ブロードウェル女史との通信は、エシュロンの網にかからないようにしたい。でも、大袈裟で複雑な仕掛けは使いたくない。そこで、考え付いたのが、Gmailの同一アカウントを2人で共有することです。
個人のPCでメールを作成する場合、下書きメールは同じPCの「下書きボックス」に入ります。PCの外へは一切、出ませんので傍受できません。同様に、Gmailでも、「下書きは同じPCの中に保存する」のと同じ発想で処理します。下書きメールはネットワーク上を通りますが、しっかり暗号化して保存します。万が一、解読されても、テロを連想させる言葉がなく、アカウント名とパスワードを1週間ごとに変えれば、エシュロンの監視に引っかかっても一過性なので同一人物認定はされません。探知、解読される可能性はほぼゼロです。
FBIがPCを押収しても、下書きメールなので、外見的にはパケットの送受信は発生しておらず、下書きを削除すれば通信の証拠は残りません(下書きメールを使って通信しているという発想がないと、見破れません)。しかも、暗号化ソフトウェアはじめ、特別なアプリケーションを使うことなく、簡単に情報交換が可能です。
実にウマク考えたものです。中学生にも理解できる非常にやさしい方法なのに、機密性が非常に高い。エンジニアとしては、「さすが、情報解析のプロ、CIA長官だ」と感心します。
ソフトウェア技術者の立場で見ると、「この現象」から「この原因」を推測するのは、相当にハードルが高いでしょう。
おわりに
ピトレイアス長官とブロードウェル女史の秘密通信は、エシュロンによる電子的に高度なハイテクのサイバーパトロールの目をかいくぐりました。でも、ストーカー行為に対するFBIの「人海戦術」というローテクにより、捜査の「ついで」で見つかったのは、なんとも皮肉ですね。アメリカ国家安全保障局は、この「下書きによる情報交換方式」への対策を必死で考えているでしょう。
秘匿性がこのレベルになると、「あの2人はメールで秘密通信をしている」との通報があっても、あまりに巧妙で簡単なので、実現手段は分からないと思います。「5手詰め」の短手数の詰将棋なのに、まったく解けないのと同じです。ソフトウェア開発、特に、デバッグでも同様で、バグの検出には、技術と経験の蓄積が重要であることを痛感します。
元CIA長官が考えた通信方法は完璧でしたが、敗因は、情報を受けるもう一方が「ザル」だったことですね。これまで、文明や技術は人類の歴史だけ、数千年分進歩してきましたが、感情や精神面は自分の年齢分、あるいは、経験分しか進歩しません。平安時代は、筆で書き、牛車に乗せて運んだ手紙も、メールを使う現代では0.5秒で相手に到着します。でも、感情や情緒面では、源氏物語のころと何の進歩もありません。
ハイテクが嫉妬心に負けました。これが、ピトレイアス元長官の最大の誤算です。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
組み込みエンジニアの現場力養成ドリル
このコラムでは、組み込みエンジニアが日々の開発で実際に遭遇する「小さなトラブルを」取り上げ、演習形式で解説します。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] AIで脱炭素計画を最適化、初年度からエネルギーコストとCO2を削減する方法 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の開発動向、日本の投資戦略やコスト目標の見通しは?
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:フィジカルAIが生み出す新たな「設計思想」――電子版2026年8月号
-
2
半導体装置メーカー 業績まとめ【2027年3月期第1四半期】
-
3
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part4)
-
4
一時は時価総額トヨタ超え キオクシア2026年度の動向
-
5
微細配線間の絶縁劣化をどう捉える? 先端パッケージ評価の最前線
-
6
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part1)
-
7
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:2026年上半期の半導体業界を振り返る――電子版2026年7月号
-
8
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part3)
-
9
CADツールの見直しは本当に必要? 切り替えの理由と効果を7つの質問で検証
-
10
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part2)
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー