組み込みエンジニアの現場力養成演習ドリル(23)
スマホで極秘通信するには? 米高官が使った「簡単なのにバレない」情報の送受信法(2/3 ページ)
解答と解説
解答
2人は、Gmailのような無料Webメールサービスの「下書き機能」を共有して、通信をしていました。具体的な手順は以下の通りです。
- 1人(Aとします)が、Gmailのアカウント(bad_guys_01とします)とパスワード(get-easy-moneyとします)を取得します。
- Aが、パスワード(get-easy-money)を入力して、Gmailのbad_guys_01に入り、Bに伝える情報をメールで作成します。メールの文章が完成したら、「送信」ではなく「下書きに保存」を選択します。通信文は、「下書きフォルダ」へ保存されます。
- 1000km離れた場所にいるBは、同じGmailのアカウント、bad_guys_01に入り、同じパスワード(get-easy-money)を入力して、「下書きフォルダ」に保存してあるメール(Aが作成したもの)を読みます。Bは、その返信を書き、同じく「下書きに保存」を選択し、返信文を「下書きフォルダ」に保存します。AはBの「返信」を読みます。
- 「下書きフォルダ」に保存したメールを読んだら、必ず消去します。また、1週間ごとに、Gmailのアカウントとパスワードを変更します。
メールの「下書き機能」を巧妙に使った情報交換ですね。この方法だと、物理的には、パケットの送受信は発生しているのですが、表面には見えず、課金上は、パケットの送受信量はゼロとなります。
外見から見える不思議な現象から、このタネを見破るのは、高度な技術力と想像力が必要ですね。詰め将棋では、「必ず、詰む」と分かっているので、頑張って解きますが、実戦では、「詰みがあります」というメッセージは盤面に表示されません。同様に、「通信量がゼロだけれど通信している」と言われてから見つけるのは比較的簡単です。ただ、「データ通信量がゼロ」から、ここまで推理するのは至難の業です。経験の深さが物を言います。
実際の事件
この「下書き機能」を共有した通信は、2012年、米国で、政府高官が関与した有名なスキャンダルの中で露見しました。実際の通信方法は、解答の通り簡単でした。ですが、誰も気が付きませんでした。米国で、「ピトレイアス・スキャンダル」と呼ぶこの事件の概要を「一般人」と「エンジニア」の2つの視点で見ます。
一般人から見たスキャンダルの概要
フロリダ州タンパにあるマクディル空軍基地の近くに住む女性、ジル・ケリー(Jill Kelly、1975年~)のPCに、2012年5月から、「kellypatrol(ケリー監視隊)」という匿名のアカウントから執拗にストーカーメールが届きます。ちなみに、ケリーは、「Honorary Ambassador to U.S. Central Command Coalition Forces(あえて訳すなら、米国中央軍司令親睦団体親善大使?)」という「謎の役職」にあり、米軍の「四つ星将軍(肩章に星が4つある大将のこと)」を自宅に招き、親睦会を開いていたそうです。
何通も来る匿名メールには、「Get away from my man(私の彼氏に手を出すな)」などと書いてあり、「彼氏」が誰かは分かりません。怖くなったケリーは、翌月、地元にいる知り合いのFBIエージェント、フレデリック・ハンフリーズに相談します。
ハンフリーズは張り切って捜査をはじめました。かつて、射撃練習場で上半身を裸になり、射撃の標的である人形とポーズを撮った写真をケリーに送ったことがあり、ケリーに関心があったことが「熱意の素」のようです。
FBIは、メール発信の時間、場所、IPアドレスを分析し、「kellypatrol」という匿名アカウントの持ち主がノースカロライナ州シャーロットに住むポーラ・ブロードウェル(Paula Broadwell、1972年~)とその夫であると突き止めました。ブロードウェル女史は、女性ながら、難関、陸軍士官学校を卒業したエリートで、陸軍に入隊し、中佐にまで昇進。除隊後、ハーバード大学のJFKビジネススクールで行政学修士を取得し、テロ対策コンサルタントやジャーナリストとして活躍するだけでなく、文筆家として、軍高官の伝記を執筆している名士です。そんな経歴からFBIは、当初、ブロードウェル女史のアカウントを誰かが乗っ取ったと考えました。しかし、位置情報を精査した結果、ブロードウェル自身のものと判断。9月には、ストーキング容疑でブロードウェル女史から事情聴取し、PCなどの証拠品を押収しました。
ブロードウェル女史は、1年前の2011年、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、アフガニスタン紛争の司令官として大きな功績を挙げた陸軍総軍司令官、デビッド・ピトレイアス(David Petraeus、1952年~)の伝記、「All In:The General Education of David Petraeus(2012年1月に出版。邦訳なし)」を執筆するため、ピトレイアス将軍に密着取材。その過程で、親密な関係になったようです。ピトレイアス将軍は、同世代の軍人の中で最も成功し、陸軍で輝かしいキャリアを積みました。2011年9月に除隊し、直後、オバマ大統領から、CIA長官に任命されます。順風満帆。この頃から2人は急接近し、Gmailの「下書き機能」を使って連絡を取り合い、逢瀬を重ねていたようです。
ブロードウェル女史がケリーに嫌がらせメールを送った動機ですが、ピトレイアス長官が、陸軍大将時代の2008年から2010年まで、フロリダに駐留し、ケリーの自宅での親睦会でもてなしを受けていました。ブロードウェル女史は、それが発展してケリーと親密な関係になったのではないかと邪推、嫉妬し、匿名で嫌がらせメールを送ったのです。
FBIが問題にしたのは「不適切な交遊」ではなく、軍の機密漏洩です。ビトレイアス長官とブロードウェル女史のスキャンダルが発端になり、FBIが捜査を進めたところ、4つ星将軍の海兵隊大将、ジョン・アレン(John Allen、1953年~)もkelllypatrolから匿名のメールを受信していたことが判明しました。さらに、アレン将軍はケリーと親密な関係にあることが分かり、軍の機密をケリーに漏洩した容疑により海兵隊軍事裁判で審議。2013年、不正行為はなかったとして、それまで延び延びになっていたNATO最高司令官に就任しました。
スキャンダルの当事者、ピトレイアス長官は、嫌がらせメールの発信開始から半年後となった2012年11月、ブロードウェル女史との不適切な交遊の道義的責任を取り、CIA長官を辞任(オバマ大統領は再選が決まった11月6日の3日後にCIA長官の辞任を発表せねばなりませんでした)。2015年4月、ピトレイアス元長官は、軍の機密資料をブロードウェル女史に漏洩した過失により、10万米ドルの罰金と2年間の保護観察処分が科せられました。
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組み込みエンジニアの現場力養成ドリル
このコラムでは、組み込みエンジニアが日々の開発で実際に遭遇する「小さなトラブルを」取り上げ、演習形式で解説します。
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