大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
SamsungがAMDからGPU IPをライセンス取得したワケ(2/2 ページ)
Samsungの事情は?
ではSamsungの事情は? というと、こちらはちょっと微妙である。もともとSamsungはモバイル向けSoCの大手ベンダーの一社であり、AppleのiPhoneも初期(iPhone 3GSまで)はSamsungのSoCをそのまま採用していた。ところがAppleはiPhone 4から自社開発のSoC(Apple A4)を採用するようになり、Samsungは生産こそ受託していたものの、自社のSoCは採用されなくなった。その後もSamsungは自社でExynosと呼ばれるSoCファミリーを提供してきており、これまた自社のGalaxyシリーズのスマートフォンで広く採用はされていたものの、Galaxyシリーズ以外での(というか、社外の)採用例は非常に少ない(皆無ではないが)。理由はいくつかある(Qualcommが強い、という事情はまた措いておくとして)が、そのうちの一つに挙げられるのが「CPU/GPU共にArmの標準CPU IP/GPU IPをそのまま採用しただけで、性能面での差別化が難しい」事が挙げられる。Exynosシリーズは、CPUにCortex-A、GPUにMaliを採用した、ある意味ArmのSoCのリファレンスとも言うべき構成になっているのだが、同社の提供する先端プロセスをいち早く利用することで性能差別化を図っていたのが、昨今はプロセス微細化のスピードが鈍ったことでここでの差別化が難しくなってきた。そうなると、同じCortex-AプロセッサとMali GPUを搭載する他社のSoCとの根本的な差別化が非常に難しくなってきた。
この状況の打開策の一つはCPUやGPUの独自開発である。先も書いたが、例えばAppleはiPhone 5/5Cの世代から独自CPUコアを採用、iPhone 8の世代からはGPUも独自になっており、ここで性能の差別化を図っている。Qualcommも昔から独自のCPUコア(Scorpion/Krait/Kryo)とCortex-Aシリーズの両方を利用しており、バリュー向けにはCortex-Aを、ハイエンドには独自CPUコアを利用していた。またGPUはAMDが旧ATIの時代に開発していたImageonという組み込み向けGPUコア(これも元をたどるとフィンランドのBitBoysという会社が開発していたHammerというアーキテクチャで、2006年にATI Technologiesに会社ごと買収された)を2009年に組織ごと買収し、Adrenoという名前でその後もQualcommにより性能向上や機能拡大のための開発が継続されている。要するにCPUとかGPUを外部からIP購入するのではなく、独自のコアを利用する事で性能面での差別化を図っている部分が大きい。
当然ながらSamsungも同じ方向性を目指した。まず同社が手掛けたのはCPUコアの開発であり、2012年から独自CPUの開発をスタート。2015年にExynos M1として発表されている(2015年発表のExynos 8890に搭載)。これに続き2017年にはExynos M2コアをExynos 8895に搭載、2018年にはExynos M3をExynos 9810に搭載しており、2018年末に発表されたExynos 9820には第4世代コア(恐らくExynos M4と思われる)が搭載されるという具合に順調に開発を進めている。ただそのExynos 9820にしても、GPUはArmのMali-G76 MP12という事になっており、次にこれをどうにかしないと差別化としては十分ではないという事になる。
ただしGPUの開発には時間が掛かる。Appleにしても、独自CPUを搭載した(GPUはImaginationのPowerVR)Apple A6から、独自CPU+GPUを搭載したApple A11の登場まで5年を要している。QualcommはこれをAMDからImageonの資産一式を買収するという形で期間短縮を果たしたが、だからといってSamsungが同じまねはできない。ここから5年掛けて新規のGPUを作るまで待っている、なんて悠長なまねはできないだろうし(いや水面下では独自GPUの開発を進めている可能性はあるが、その完成まで何もしないという案はないだろう)、だからと言っても競争力のあるGPU IPコアを持っているベンダーはない(強いて言えばImagination Technologiesであるが、同社は現在中国政府系ベンチャーキャピタルのCanyon Bridge傘下にあり、買収金額を考えると難しいだろう)。となると、水面下で独自GPUの開発はするとしても、それが完成するまでの間のつなぎ(あるいは、独自GPUの開発に失敗した場合のバックアップ)として、強力な性能を持つGPU IPを入手したいと考えるのは自然な事だろう。かくして両社の思惑が一致したわけだ。
ここで注目すべきは、SamsungはあらためてPowerVRを選ぶという選択肢を選ばなかった事だろうか。別にSamsungはPowerVRを使った事がないわけではなく、そもそもiPhone向けのカスタムSoCはARM11コア+PowerVR MBX Liteという構成だったし、Exynos 3110(2010年)はPowerVR SGX540を、Exynos 5410(2013年)はPowerVR SGX544MP3を搭載しているが、この後は全面的にArmのMali GPUに切り替わっている。Imagination TechnologiesはCanyon Bridgeによる買収後も製品開発を続けており、2018年12月にはPowerVR Series9と呼ばれる新しい製品群を発表している。この中のハイエンド製品であるPowerVR Series9XTPは240~480 FP32 Ops/Cycleの性能レンジにあると説明されている。ところが競合のArmは、今年6月に発表したMali-T77で224~512 FMA/cycle(448~1024 FP32 Ops/cycle)の性能を持つとしており、もうこの時点で勝負になっていない。ましてやターゲットがそのMali-G77を大きく上回る性能となると、今後のPowerVRをベースにしても勝負にはならない、と判断されたのも無理ない所だ。
AMDが今後、どの程度GPU IPを他にも提供するのかは現時点では未知数である。恐らくメインストリーム向けで言えば、特に開発効率の点でAMDはArmの敵ではないだろう。AMDが複数のファウンダリ向けにArmのPOP IPに相当するものを提供できるほどのエンジニアリングリソースがあるとは思えないし、EDAベンダーを巻き込んでの統合デザインサービスを提供するのも難しいだろう。現時点でAMDのターゲットになるのは、CPUのアーキテクチャライセンスを入手して自分でカスタムCPUを作れる程度の技術力を持っており、にもかかわらず自社ではGPUを開発していないメーカーという事になる。この条件で、しかもMobile SoCを作っているベンダーとなると、事実上Samsung一択という気もしなくはない。まずはSamsungへのライセンス供与で状況を見ながら、今後の動向を検討するというのが正直なところではないかと思う。その意味では、早ければ2020年末あたりに投入されるであろう、RDNAベースのSamsungのSoCの実力に注目が集まるであろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
これを読めばここ1カ月のエレクトロニクス/組み込み業界の動きが分かる連載。注目すべき市場動向と注目すべき製品を取り上げます。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] AIで脱炭素計画を最適化、初年度からエネルギーコストとCO2を削減する方法 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の開発動向、日本の投資戦略やコスト目標の見通しは?
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:フィジカルAIが生み出す新たな「設計思想」――電子版2026年8月号
-
2
半導体装置メーカー 業績まとめ【2027年3月期第1四半期】
-
3
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part4)
-
4
一時は時価総額トヨタ超え キオクシア2026年度の動向
-
5
微細配線間の絶縁劣化をどう捉える? 先端パッケージ評価の最前線
-
6
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part1)
-
7
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:2026年上半期の半導体業界を振り返る――電子版2026年7月号
-
8
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part3)
-
9
CADツールの見直しは本当に必要? 切り替えの理由と効果を7つの質問で検証
-
10
新入社員に読んで欲しい鉄鋼材料の基礎知識まとめ(Part2)
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー