NEC 技術勉強会
量子アニーリングマシン市場で圧倒的性能差の実現を目指すNEC
NECは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで、他のメンバーとともに、2023年ごろの実用化をめどに、理想の量子アニーリングマシンの開発と、簡単に量子アニーリングマシンを使いこなせるソフトウェアの開発に取り組んでいる。長年のゲート型量子コンピュータの研究開発資産を生かし、量子アニーリングマシン市場で圧倒的性能差を実現することを目指す。
NECは東京工業大学、早稲田大学、横浜国立大学とともに、NEDOによる新規事業「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発」に採択された。
同プロジェクトは、量子アニーリングマシンと共通ソフトウェア基盤の融合により、あらゆる産業領域の現実課題に対して、高速かつ精度の高い「最適化ソリューションプラットフォーム」を実現し、Society 5.0の社会システムの高効率化、高精度化の推進に寄与することを目的とする。
「組み合わせ最適化問題」の高速解法のブレークスルーとして期待されている「量子アニーリングマシン」の課題である「コヒーレンス時間」と「集積性」を両立させ、国産の「量子アニーリングマシン」を実現するための要素技術開発を進める。
量子アニーリングマシンによる組み合わせ最適化問題の求解は、同研究開発の共同提案者の一人である東京工業大学 西森秀稔氏と、門脇正史氏によって1998年に世界で初めて提案された。クラウドコンピューティングに、量子アニーリングマシンによる全く新しい計算原理が加えられることで、これまで時間的制約により精度の低い近似解法に頼っていた最適化問題を短時間で高精度に解くことができる、と期待されている。
しかし、現状の量子アニーリングマシンは完成形ではなく、現在の超電導量子アニーリングデバイスが持つ課題である、高速計算の源泉とされる量子コヒーレンスと集積性の両立が求められている。
NECでは、量子コヒーレンスと集積性の課題の克服に向けた、新しい量子素子の開発を推進しており、量子コヒーレンスを保つ時間が従来よりも2桁向上したことを実証した。これにより計算精度と速度の向上が期待される。今後は同プロジェクトにおいて、同量子素子の多ビット化と全結合方式の動作実証などに取り組む。
このほどNECはメディア向けの技術勉強会を開催し、量子コンピュータの動向や仕組み、同プロジェクトの取り組みなどについてまとめて紹介した。以降でその内容をお届けする。
量子コンピュータにおけるNECの取り組み
AIやビッグデータの利用拡大に伴い、コンピュータのパワーが求められている。しかし、従来のコンピュータには性能限界がささやかれており、その中で、新たなパラダイムとして量子コンピュータの注目度が高まってきた。2015年にはD-Wave Systems(カナダ)の量子アニーリングマシンの解析速度が、従来型コンピュータの1億倍以上の高速化を実現したという報道もあり、さらに期待感は増している。
データを分析して対処する過程では、数学用語で「最適化問題」と呼ばれる、従来コンピュータでは解くことができない難しい計算問題が存在する。NECが目指す「社会的価値創造」において重要視する最適化の中で、代表的なものが「組み合わせ最適化」といわれる問題だ。
例えば、AIを使ったトラック配送最適化問題について見てみると、トラックの配送方法(コストはかかるが配送時間は短い or 配送時間が長いがコストは小さいなど)の組み合わせ最適化は、専門家による古典的アルゴリズム設計が用いられ、この設計時間に数カ月かかっていた。
これに対して、「シミュレーテッド・アニーリング」は、古典的アルゴリズムに比べて効率が悪く、これまであまり使われていなかったものの、熱力学モデルに実装さえすれば、多くの組み合わせ最適化問題が解けることが分かっていた。しかし、計算機が低速で利用が困難であるという状況があった。このシミュレーテッド・アニーリングを高速に解くことができれば、自動運転での「深層学習+GPGPU」の利用例のように、専門家によるアルゴリズム設計なしに、誰もが簡単に作成できるようになるという。
シミュレーテッド・アニーリングは、配送問題に取り組む場合に、試行を繰り返し行い最適なものを探索する手法であり、この試行の回数が多ければ多いほど良い結果が得られる。この試行の回数を高速化することで、大幅に増やすアクセラレータが量子アニーリングである。
量子アニーリングマシン(コンピュータ)により、研究が行われている分野は、組み合わせ最適化問題(爆発的に増加する選択肢からベストを探すもの)で、配送計画問題をはじめ、巡回セールスマン問題、シフト表作成問題、集積回路設計問題、経営戦略立案などがある。ここでは精度の高いベターな解を高速に得る計算技術が求められている。
早稲田大学 准教授の田中宗准氏によると、具体的にD-Waveのマシンを使って行う研究には大きく3通りあるという。具体的には、
(1)組み合わせ最適化問題そのものを解くもの
(2)機械学習に適応するもの
(3)物質シミュレーションに使用するもの
である。このうち(1)に関する応用探索事例には、フォルクスワーゲンの渋滞回路ルート提案がある。特定のコースのクルマ(タクシー)418台の経路選択問題で、D-Waveによる最適化計算により、混雑度合いが低いコースを選択できたとしている。また、工場内のAGV(無人搬送車)の移動最適化の事例などもある。最適化することで渋滞が減り、搬送車の台数削減、消費電力の削減につながることが期待されている。
(2)に関しては、機械学習の内部には組み合わせ最適化問題が内在しているケースが多く、どのような場合に量子アニーリングが使えるかを調査している。それには特徴量選択の提案として広告配信最適化への応用、森林検出の応用および非負二値行列分解への適用として、顔画像特徴学習への応用などがあり、「特徴を引き出すには、最適化処理を行う必要があり、これを量子アニーリングに置き換えた場合、どうなるのかということに取り組んでいる」(田中氏)。
NECは1999年に世界で初めて量子コンピュータ用の素子を開発するなど、量子コンピュータに取り組んで20年の歴史がある。最初はゲート型コンピュータの開発を進めていたが、最近になり量子アニーリングに利用した方が良い成果を得られるという知見を獲得したことで、量子アニーリングの研究を開始した。
計算式システムにおける量子の利用は、「0」「1」が同時に起きる「量子重ね合わせの原理」により、試行の回数を圧倒的に増やすことができる。ただ、この0と1が混在する、量子重ね合わせ時間を維持するのは難しいという欠点があった。この時間を長くして、試行回数を増やすのが最大の目的となっている。
0と1が両方の状態を維持する方法としては、「ループ状に作った素子に時計回りと反時計回りに電流を流す。常温であればぶつかり合うが、極低温(超伝導)の環境では2つの状態が共存する。これをうまく利用することで、0と1が混在する量子重ね合わせの原理を作ることができる」(NEC 中央研究所 理事の中村祐一氏)という。
量子アニーリングでは「量子ビット数」の他、「量子重ね合わせ時間」「結合度」「解像度」の大きく4つの性能指標がある。このうち量子ビット数は、自動車で例えるならば“排気量”に当たるもので、最も注目される数字であり、性能としては、実装できる問題の規模を示す。しかし、ノイズにより大規模実装は難しいという欠点がみられる。
また、量子重ね合わせ時間は、長くするほど得られる解の品質は高くなるが、ノイズにより量子コヒーレント状態は消えてしまうという難しさがある。NECではこれまでの20年に及ぶ研究の歴史を生かし、これら4つの指標をバランス良く、同時に解決することができるという。そのカギを握るのがNECの提案する「量子パラメトロン方式」だ。
そこに実装している超伝導パラメトロン素子は、ノイズ耐性に優れ、量子重ね合わせ時間が長いため、高速で問題が解ける。また、より複雑な問題を解くための全結合の実装が容易で、より複雑な問題が解けるなどの特徴がある。
さらに、その利点として、一般的に量子ビットは微小なエネルギーのためにノイズに非常に弱いが、NECのパラメトロン方式は、ビットおよび結合部分に対して外部から、大きなマイクロ波エネルギーを供給できるため、ノイズの影響を最小限に抑えることができる。結果的にコヒーレンス時間が長く、全結合を容易に実装可能となり、高速・高精度演算できる時間を長く保持することが可能となる。
量子アニーリングの意義は「多数の試行」ができるところにある。2000ビットの全検索を行うためには、10の600乗の試行が必要となる。現在の技術力で量子重ね合わせ時間を50秒キープできれば全検索が可能だと仮定すると、最適な答えを出せる量子アニーリングマシンができるという。
しかし、まだこれは不可能であり、現在は1ms(ミリ秒)間の量子重ね合わせ時間の維持により、10の50乗程度の試行が一つのめどとなっており、NECは1msの量子重ね合わせ時間を目標としている。なお、同1秒では10の150乗、同10秒で10の300乗などと、コヒーレンス時間が長くなればなるほど、試行回数は急激に増えていく。10の20乗の試行を行うためには1GHzの計算機では3000年必要という計算もあり、量子アニーリングは従来計算機と比較して、試行回数について大きな優位性を持っている。
中村氏は今後の量子アニーリングマシン開発に関して「特に量子重ね合わせ時間にこだわっている。そのとき(開発した時点)には他にあるものよりも2桁、3桁ぐらい良いものを作りたい」と目標を語る。
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