宮田健の「セキュリティの道も一歩から」(29)
モノづくりに携わるなら知っておきたい「PSIRT」とは?
「モノづくりに携わる人」だからこそ、もう無関心ではいられない情報セキュリティ対策の話。でも堅苦しい内容はちょっと苦手……という方に向けて、今日から使えるセキュリティ雑学・ネタをお届け! 今回は製品をセキュリティを脅かす事象から守るための組織「PSIRT」についてお話します。
皆さん、「PSIRT」という言葉をご存じでしょうか? もしかしたら、似たような言葉「CSIRT(シーサート)」は聞いたことがあるかもしれません。CSIRTとは“Computer Security Incident Response Team”のことで、コンピュータを利用するシステムでセキュリティを確保するために、セキュリティを脅かす事象(インシデント)への対応(レスポンス)を主眼としたチームのこと、またはその組織作りを意味します。
近年、サイバー攻撃が企業規模、業種を問わず行われており、これを水際で100%防ぐことは不可能とされています。そのため、攻撃の予兆をいち早くつかみ、迅速な原因調査や復旧作業、再発防止策の立案などが重要となってきます。実は、こうした取り組みを行う組織をCSIRTと呼び、多くの企業がその組織作りに注力しています。
では、あらためてPSIRTとは何でしょうか? これはC=“Computer(コンピュータ)”が、P=“Product(製品)”に置き換わったもので、CSIRTが企業のセキュリティを守るためのチームであるのに対し、PSIRTは製品を守るための組織といえます。
ところで、「製品を守る」とはどういうことでしょうか? 製造業は当然ながら、未完成の製品を世に出すことはないでしょう。なぜなら仕様を満たし、機能や動作に問題のないものが製品であるからです。しかし、そうした完成品であったとしても“不具合”は付き物です。
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製品の中に隠れた「脆弱性」をどうハンドリングするか
その不具合とは「脆弱(ぜいじゃく)性」です。近年多くの製品がスマート化/IoT化しており、小さなコンピュータを内蔵し、インターネット接続して利用するものが増えています。こうした製品の中に、ソフトウェアプログラムが存在する以上、そこには脆弱性と呼ばれる弱点が必ず潜んでいると考えるべきです。
しかし、多くの製品では、これまで“脆弱性”が明らかになったとしても、取れる手がほとんどありませんでした。結果として、その脆弱性に対する組織作りもおざなりになり、「次のバージョンで対応しよう」という流れが何となくあったのではないかと想像できます。こうした問題を、組織作りの面から大きく改善しようという考え方が、PSIRTの基本です。
幸いなことに、2018年7月に大変有用なドキュメントが公開されました。コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)が、日本語によるドラフト版「PSIRT Services Framework 1.0」を公開したのです(関連記事:コンピュータソフトウェア協会、「PSIRT Services Framework 1.0 Draft」の日本語版を公開[@IT])。
このテキストについては、ドキュメントの翻訳にも携わったサイボウズ セキュリティ室の伊藤彰嗣氏によるブログ記事も併せて読んでみてください。
重要なのは「脆弱性の存在を受け入れること」
本コラムでPSIRTの全てを紹介することは難しいので、気になったところをピックアップします。
まず、このドキュメントに目を通して感じたのは、脆弱性とどうやって寄り添っていけるか、ということが重要視されている点です。例えば“全ての製品には脆弱性が存在する”と認識したら、当然ながらそれがなくなるように、発生しないように動くべきですが、それでも脆弱性があったときのために、このフレームワーク内では「脆弱性を発見してくれる外部の協力者」に関する記述がたくさんあります。
「サービス 1.6 表彰と謝辞による報酬を発見者に与える」では、製品の不具合や脆弱性を発見してくれた方に対する謝辞や、発見者への報酬をどう考えるべきかが記載されています。もちろん、発見者とのやりとりは重要な機密情報であるため、この情報をどう取り扱うべきかという点もまとめられています。この点は、社内に閉じることが多いCSIRTとは異なり、既に世に製品が出ている前提で、利用者を巻き込んだ組織作りが不可欠なPSIRT特有のノウハウかもしれません。「機能 2.2.3 高名な報告者による発表を監視する」「機能 2.2.4 マスメディアの監視」「機能 3.2.2 関係が良好な発見者の対応を加速」などは興味深い視点です。
さらに、内部組織のコミュニケーションと考え方をアップデートし、開発と運用、さらにセキュリティをいわゆる「DevSecOps」で対応するという点も見逃せません。
通常の製品開発では、設計、実装の最後に「テスト」フェーズを考えていたかもしれません。「DevOps」は品質を保つために、開発者と運用者が密に連携することが特徴でしたが、DevSecOpsはその全てのフェーズに「セキュリティ」を実装し、脆弱性が生まれないようにするといった考え方です。製品が出来上がってからセキュリティ対策を行うよりも、実装時、設計時、さらには要件定義時からセキュリティを考えて組み込んでいく方が、より対策コストが少なく済みます。
前述のように、このドキュメントではこれまであまり言及されなかったような点も、深く追究されています。興味を持った方はぜひ、ドキュメントに目を通してみてください。自分は関係ないと感じている方も、目次だけでも読んでおいて損はないと思います。
「ウチの製品に脆弱性があるなんてあり得ない!」はあり得ない
全体として、脆弱性という概念を文書化し、それに苦しんだことのある先人の知恵と知識が詰まったものだという印象です。
脆弱性の何たるかを理解していないと、「ウチが作る製品に脆弱性があるなんて、あり得ないからな!」という御触れを出してしまうこともあるでしょう。しかし、そういった精神論では脆弱性はなくなりませんし、下手をするとその存在すら隠蔽(いんぺい)してしまう組織になってしまいます。そうならないためのノウハウが、無料で公開されているのは本当にありがたいことです。
PSIRTは、これから大きく注目されることになるでしょう。製品の特性や企業の方向性などにより、モデルケースも大きく異なるとされているため、しばらくは試行錯誤が続くかもしれません。製造業におけるCSIRT部門の方や、セキュリティに携わる方なら、ぜひこのドキュメントをチェックしてみてください。きっと新しい発見があるはずです。
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著者紹介:
宮田健(みやた たけし)
元@ITの編集者としてセキュリティ分野を担当。現在はフリーライターとして、ITやエンターテインメント情報を追い掛けている。自分の生活を変える新しいデジタルガジェットを求め、趣味と仕事を公私混同しつつ日々試行錯誤中。現在、ITmediaエンタープライズにて、もはや誰もが人ごとではないITの課題や話題を紹介する「半径300メートルのIT」を連載中。また、それをまとめた書籍「デジタルの作法~1億総スマホ時代のセキュリティ講座」も発売中。
筆者より:TechFactoryでの本連載では、ITセキュリティの「あるべき論」「正論」だけでなく、モノづくりに携わる方たちに「気楽に」「楽しく」セキュリティを考えていただけるように、さまざまな話題を取り上げたいと思います。「セキュリティっていわれてもねえ……」と思わず考えてしまった皆さまに覚えていただけるようなコラムにしたいと思います。お楽しみに!
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