大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
「その工場は本当に建つのか?」 半導体製造への投資ラッシュで見えてきた課題(2/3 ページ)
工場建設は「本当に実現できるのか」
ここで気になるのは、「本当にそれが実現できるのか」と「実現できたとして、それに見合う需要があるのか」の2点である。まず前者。もちろん、建屋とか土地などはそれほど難しくはないが、半導体製造装置の方は相応にひっ迫すると見られている。例えば前処理工程の工場の建設を今すぐ決めたとしても、土地を確保して建設計画を出し、それが承認されて建屋が完成するまでには1年やそこらは掛かる。実際には建屋だけではだめで、給排水設備(ご存じの通り半導体製造の特に前工程では、膨大な水を必要とする。現実的にはこれを全部外部から取水して賄うのは不可能なので、排水処理施設に水の再生施設も組み合わせる形で、外部からの取水を最小限に抑えるような仕組みを用意するのが一般的だ)とか電力設備(特にEUV[極端紫外線]露光を利用するような最先端プロセスでは、シャレにならない電力が必要になる)なども付随して用意する必要があるから、よほど条件が良い(既存の製造拠点に追加の建屋を建設するだけで、給排水とか電力などは既存の設備をそのまま利用可能であり、しかも建屋の敷地は既に確保済み、など)ケースを除くと、設備の搬入が始まるのは決断から2年以上先の話になる。2年くらいのリードタイムがあれば、まぁ半導体装置メーカーとしても対応は不可能ではないだろうが、ことしの半導体工場増設ラッシュを考えると、全てのメーカーに問題なく装置機器類を納入可能か? はちょっと怪しいところであり、中には立ち上がりが遅れるところも出てきそうである。
もっと厳しいのはエンジニアの問題である。これも条件が良いケース、つまり既存の製造拠点に追加の建屋を追加するようなケースで、かつ同じものを製造するのであれば、エンジニアの確保は容易である。2年ほどの時間があれば、その間に新規のエンジニアを採用し、既存の設備を利用しながらOJT的に教育を行い、新規建屋の完成に合わせて今度はそちらで量産開始に向けて調整と立ち上げを行う、というスムーズな移行パスが利用できる。
問題はそうでない場合だ。一番良い例がTSMC Americaである。2020年にTSMCは米国アリゾナ州に新規Fabの建設を発表した。実際に2021年には着工しており、しかも建設途中の2022年12月には規模を3倍に拡大する事を発表した。実際、Google Mapで建屋の様子を見ると、最初の建物(右下)以外にかなり広大な土地が準備されており、当初から規模拡大を念頭に置いて土地を確保していたことが分かる。
その一方で、2022年の段階で既にエンジニアの確保に苦労していたというか、企業文化が全く異なっているために衝突が起きている様子も報じられている(「「企業文化」になじめるか、TSMCアリゾナ工場の課題」)。ちなみに筆者が耳にした話では、台湾のTSMCのFabで働くエンジニアに、「給料を倍払う」という条件でアリゾナ転勤を持ち掛けても、さっぱり応募がなかったそうだ。要するに倍払っても米国の平均的なエンジニアの給料に及ばない程にTSMCの給料は安いという事だったらしい。ではエンジニアをアメリカで集められるか? というと、やはり給料が安い上に長時間労働ということでさっぱり集まらず、2023年7月には稼働時期が1年ずれて2025年になる事が報じられた(「「技術者が足りない」、半導体業界が苦しむ人材不足」)。
ちなみに、この2025年への遅延に関し、TSMC側が「技術経験のある労働力が不足している」と述べたことに対してAZBTC(アリゾナ州建築建設労働者協議会)が反発、TSMCが台湾から500人ほどのエンジニアを連れてきて立ち上げを行っていたことに対して「TSMCは、人件費の安い国外から人材を米国に連れてくるための理由として建設遅延を利用している」と非難し、TSMCのエンジニアに対してビザを発行しないように働きかけを行っていた。他にも、TSMCは2020年の計画発表の際に米国内の雇用創出を約束したにもかかわらず、それを守っていないと主張する政治団体もあり、ちょっと泥沼化しかかっていた。幸いにも昨年(2023年)12月13日にTSMCとAZBTCは新たな枠組み作りに関して合意し、これ以上の泥沼化は避けられたが、新しい枠組みではどうしても労務コストが台湾より高くつく事などから、TSMC Arizonaで製造されるチップは台湾製造のものより高コストになる事は避けられない。12月15日に、TSMCの米国子会社であるWaferTechをTSMC Wasingtonに改称したというのは、まさかとは思うがエンジニア確保のための窮余の一策なのかもしれない。
ただし、これは別の問題を引き起こした。TSMC Arizonaの拡張を2022年に発表した時には、Apple、AMD、NVIDIAといったTSMCの主要顧客のCEOが 勢ぞろいした 訳だが、当然これは、顧客各社のチップをアリゾナで製造する事で安定供給が望めると期待したからである。ところが、安定かどうかはともかくとして高コストになる、となると「なら台湾製造で構わない」という話になるのも当然である。結果としてアリゾナ工場の稼働率が上がらない(TSMC Arizonaでは各社のチップを、アリバイ工作的に申し訳程度に生産するにとどめ、本格生産は引き続き台湾が担う)という観測まで出ている始末である。TSMCは2023年12月19日、現会長のMark Liu博士が退任する事を発表したが、これはTSMC Arizonaの立ち上げに絡むさまざまな問題の責任を取った(取らされた?)ため、という観測まで出ているほどだ。
ただこれはTSMCのみの問題ではなく、今後あちこちに拠点を開設しようとする各社とも大なり小なり同様の問題を抱える事になる。とにかく絶対的にエンジニアが足りていない状況を2026年までに解決しないと「本当にそれが実現できるのか」の答えが「No」になりかねない。
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