大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
Armの“後払い”ライセンスに見え隠れするRISC-Vの興隆(2/2 ページ)
もう一つのアイデアは、表1でも分かる通り、高価なIPは必ずしも含まれていないということだ。Armの場合、ライセンス料やロイヤリティが高い(つまり無断利用されると損害が大きい)のは、ハイエンドの64bit Cortex-A IPである。ところが利用できる64bitのCortex-AはCortex-A53/A35/A34のみ。Cortex-A70シリーズはもとより、Cortex-A55すらラインアップに入っていない。
これはMali-GPUも同じで、一応第3世代のBiflostアーキテクチャベースではあるものの、組み込みおよびメインストリーム向けのMali-G52/G31のみがラインアップされており、同じBiflostでもモバイル向けSoCに採用されているMali-G71/72や、第4世代のValhallアーキテクチャに基づくものはここに含まれていない。その一方でリアルタイム制御向けのCortex-RやMCU向けのCortex-Mは最新製品まで含めてラインアップがそろっているというあたり、要するにArm Flexible Accessは「組み込み向けASIC/ASSPを製造するメーカーに便宜を図るためのもの」という事になる。
もちろん、組み込み向けだったら無断で製造されてもいいという訳ではないし、そもそもArmはそうしたIPの不正利用には猛烈に厳しい会社なので、放置するわけではない。とはいえ、多大な開発費をかけて作ったハイエンドのCPU IPに関してはそもそも無償アクセスの対象にしない、というのは防御策として有用であることに間違いはない。
ところでもう一度表1を見直すと分かるのだが、これは単に組み込み向けASIC/ASSPメーカーの便宜を図る、という以上の思惑が含まれていると筆者は考える。要するにRISC-V陣営へのカウンターパンチである。RISC-V陣営の最近の躍進ぶりは度々ニュースになる。最近派生プロジェクトとしてOpen HW Groupと、ここの管理するCore-VというCPUコアとか、やはりRISC-Vの命令セットに準拠するlowRISCなど、さまざまな動きが活発化している。既存のメーカーにしても、本家SiFiveは8シリーズのCPU IPを用意し、Cortex-M0+~Coretex-A55 MP4あたりまでの幅広い性能レンジで互角だとしている。台湾のAndes Technology Corp.は2019年5月に、ローエンドのN22を対象にしたFreeStart Programを開始したほか、IDEの無償提供などもおこなっており、こうした努力の結果、2019年前半だけで60ものRISC-Vプロセッサのライセンス契約を締結したとしている。
Armが一番問題視しているのはまさにこのRISC-Vの急速な興隆であり、それもあってRISC-V陣営が現時点で提供できるコアと同等の製品をFlexible Accessの形で容易に利用できるようにした、という事と理解している。おまけに現状のRISC-V陣営には十分ではないGPUのサポート(一応今年5月にImagination TechnologyがSiFiveの提供するDesignShareというエコシステムプログラムにPowerVR GPUを提供しているので、皆無という訳ではない)とか、TSMCの22ULLプロセスにターゲットを絞ったArtisanのPhysical IP、さらにはInterconnectやらMemory Controllerやらと盛り沢山なIPをワンストップで提供することで、開発コスト(正確に言えば開発のエンジニアリングコスト)を最小限にできる、というのがFlexible Accessの最大のアピールポイントと考えてよい。
実は先ほどのFlexible Accessのコースであるが、EntryとStandardではもう少し違いがある。表2がそれであるが、テクニカルサポートの30トークンはArmによればそれだけで1万5000ドル相当であり、さらに開発ツールの利用権とかオンライントレーニングの利用権なども付いているので、実は20万ドルといってもかなり割安という感もある(例えばArm Development Studio Gold Editionの年間利用料は6500ドルなので、これが5つだとそれだけで3万ドルを超える)。
ではこのFlexible Accessを誰にアピールしているか? といえば、既存のArmの顧客への引き留め策と、新規の(ただし技術力が十分とは言えない)顧客をRISC-Vに流れない様にするための策である。既存の顧客、というのは例えばCortex-M0/M0+ベースの製品だけを提供してきているMCUメーカーにとって、次の製品を検討する際にいちいちライセンス契約を結ばなくてもCortex-M3/4/7とかCortex-M23/33を評価できることになり、コストの削減につながる。プレスリリースにも、Flexible Accessを結んだ顧客の例としてNordic Semiconductorの名前が挙がっているが、こうした企業をRISC-V陣営に流れさせないためにも、評価のためのコストを下げる方策は有効だろう。逆に新規顧客について言えば、現状RISC-VのCPU IPはSiFive/Andes Technology/Cortusといった、どちらかと言えば小さめのベンダーのみの提供であり、当然ながらサポートあるいはトレーニングが十分にできるとは言い難い。Armはまさにこの点を差別化ポイントとして、十分なサポートを相対的に割安に提供できる、と示している訳だ。
こうしたライセンスプログラムを新たに提供する必要があると決断するほどに、RISC-V陣営の勢いが盛んになっている。Armがそう判断したというのが昨今のProcessor IPマーケットという訳だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
大原雄介のエレ・組み込みプレイバック
これを読めばここ1カ月のエレクトロニクス/組み込み業界の動きが分かる連載。注目すべき市場動向と注目すべき製品を取り上げます。
この記事の著者
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社 Green AI] 自動車業界には好機 脱炭素×コスト削減×現場改善を実現するエネルギー戦略 -
製品資料
[株式会社 Green AI] 脱炭素投資をすぐ回収したい 自動車業界にも有効なCO2削減アプローチ -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 「ペロブスカイト太陽電池」の普及戦略が公表 政府が目指すコスト・導入量のロードマップを解説 -
市場調査・トレンド
[スマートジャパン編集部] 導入が加速する再エネ・系統向け蓄電システム コスト・収益性の現状分析 -
技術文書・技術解説
[スマートジャパン編集部] いまさら聞けない「ペロブスカイト太陽電池」の基礎知識と政策動向
関連記事
こんなメディアも見られています
TechFactoryに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
特集
- マテリアルズ・インフォマティクスの動向調査
- 研究・開発職のデジタル活用調査
- 設計・解析業務におけるAI活用
- 3Dプリンタ利用動向調査
- CAD利用動向調査
- つながる工場の現状と課題
- 製造業におけるAI開発および活用の実態
- 設計・製造現場における品質管理
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
CAE解析をAIエージェントに任せてみた 人は何を担うのか
-
2
「見て覚えろ」が通じない時代 製造業の保全技術はどのように継承すればよい?
-
3
EE Times Japan×EDN Japan 統合電子版:製造現場にフィジカルAIをどう実装するか――電子版2026年9月号
-
4
スマート工場動向調査2026
-
5
はじめての化学工学まとめ(Part1)
-
6
QC活動の形骸化はどう防ぐ? 実効性のある業務へ転換する3つの解消策とは
-
7
自律走行搬送ロボット(AMR)の位置推定と自律走行はどこまで高精度化できる?
-
8
動き出したファナックの「フィジカルAI」
-
9
製造現場などを支える状態監視システム サンプリングの位相ずれを減らすには?
-
10
【読者調査結果】製造業の脱炭素動向調査2026
TechFactory SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechFactoryをフォロー