組み込みエンジニアの現場力養成ドリル(31)
岸和田ハリケーンズ vs ボストン・レッドソックス ―― CMMIの落とし穴(その2)(3/3 ページ)
CMMIの利点と欠点
いろいろCMMIの注意点を書いてきました、筆者はCMMIの否定論者ではなく、もっと広まってほしいと心から願っています。筆者が思うCMMIの利点と欠点を以下に挙げます。これが分かれば、CMMIをうまく利用できます。
利点(1):自社の開発プロセスを段階的に改善できる
CMMIでは、レベル1からレベル5まで、何をしなければならないかを具体的に、かつ、段階的にキチンと定義して公開しています。これに従えば、自社の開発プロセスを少しずつ確実に改善できます。これは、予備校の先生から、「これまでの模擬試験の結果を見たところ、君は、数学や物理系は志望校に合格できる学力が十分にあるけれど、英語、特に英文解釈と英作文と、古文の点数が低いので、これを頑張りましょう」と指導を受けるようなもの。非常に具体性があります。これをうまく使いたいですね。
CMMIを受査する場合、巨額の審査料がかかります(1500万円ほど)。栄誉ではなく実を取るのであれば、すなわち、自社の開発プロセスを改善する目的で、自社の生産管理部門によりCMMIの審査を独自で実施するのであれば、わずかなコストで自社の開発プロセスの診断と改善が可能になります。アメリカで政府関係のソフトウェア開発に入札しないのであれば、これで十分ではないでしょうか?
利点2:世界中に「ウチはCMMIレベル5です」と宣伝できる
レベル5は、世界で通用するソフトウェア開発の「金メダル」です。日本でレベル5の認定を受けた会社は、筆者が知る限り12社しかありません。大いに威張れますし、クライアントにアピールできます。
欠点1:コストが異常に高い……
CMMIは、発想自体はよいのですが、思ったほど日本では取得する会社が少ないように思います。最大の原因は、受査に1500万円前後の大きな費用がかかることでしょう。しかも、有効期限は3年ですので、レベルを維持するには3年ごとに1500万円払って審査してもらわねばなりません。これは、非常に高いハードルですね。
その意味で、「CMMIの精神を流用し、実際の認定や審査は自社で実施する」が現実的な開発プロセスの改善策でしょう。クライアントには、「当社では、独自で、CMMIのレベル5相当の開発体制を整えました」と言えば、アピールになるかと思います。
欠点2:用意するドキュメントが非常に多い……
CMMIを受査すると、各レベルで必要なプロセスがきちんと存在する証拠として、それを記載したドキュメントを見せるよう求めてきます。社内のエンジニア全員に共通の認識があっても、頭の中にあるだけでは不十分。社風や不文律を全てドキュメントとして形にしておく必要があります。
例えば、「日本の国民は社会性や道徳的な意識が高く、そのため日本は治安が良い」ことを示す場合、CMMIでは、「歴史と文化の積み上げでこうなりました」と言うだけでは不十分。関連する法律を全てきちんと条文化していることを要求します(法律があることが必須事項で、国民が法律を順守しているかどうかは重要ではありません)。法律を網羅して条文化するにはものすごい作業量が必要ですね。
CMMIは、悪く言えば、形式主義で成り立っています。「あなたの会社がCMMIレベル5の認証を受けられるようアドバイスします」というコンサルタント会社では、この形式を整えることを最優先に指導するため、結果として、形だけで中身が伴わないレベル5の開発会社が出来上がることも少なくありません。
作るドキュメントが異常に多いことも、日本でCMMIが爆発的には流行しない理由の1つだと思います。
ISO9000との関係
CMMIと似た枠組みにISO9000があります。ISOは、「国際標準化機構」ですが、元は欧州系の団体です。第一次世界大戦のころ、例えば、フランスで製造した銃弾が英国製の銃でも使えるようにとの発想で標準化が始まり、1947年に設立されました(昔から、標準化と最先端技術は軍が先導してきました)。ISOの本部はスイス・ジュネーブにあります。ISOは、欧州発の組織なので、米国とは仲が良くありません。
CMMIのレベル3に相当するのがISO9000です(ただし、ISO9000には、CMMIのレベル2で要件となる「リスク管理」、「構成管理」、および、レベル3の「プロジェクト・データベースの利用」がありません)。ISOのよいところは、認証にかかる費用がCMMIの10分の1程度と安価であること、1回取れば、ずっと有効であること、ソフトウェア開発に特化せず、引っ越し業や飲食業界など、あらゆる業種で適応できることです。
良くないところは、単なる合否判定だけなので、不合格の場合、どう改善していいか分からないことです。ソフトウェアに特化しているCMMIでは、何がどうダメで、どう改善すべきかキチンと分かります。その意味では、「ISOは合否しか分からない入試、CMMIは、自分の長所と短所が分かる予備校の模擬試験」だと思います。
自社で、ソフトウェア開発のプロセス改善に真剣に取り組み、それを外にアピールしたければ、CMMIに従って自社のプロセスを整備してから、ISOの認証を受けるのが、安くて効果的でしょう。
おわりに
CMMIレベル5の認定を受けたソフトウェア開発会社は、「優れた開発プロセスを備えている」と思いますね。レベル5は、優れた開発組織のはずですが、中には、形式的に開発プロセスを備えているだけの「張り子の虎(英語でも「paper tiger」といいます)」のオフショア会社もあります。
そんな会社は問題外ですが、よくあるのは、きちんと開発プロセスを備え、エンジニアも一生懸命に開発していても、オフショア開発が上手くいかない場合です。相手側は真面目に野球に取り込んでいるけれど「岸和田ハリケーンズ」のレベルで、日本側は「ボストン・レッドソックス」を期待しているという「想いがズレている」ケースです。あるいは、お見合い写真と経歴書を見ただけで、本人に会わず、お互いが熱くなって結婚するようなもので、「急いで結婚、ゆっくり後悔」のパターンです。「レベル5の会社にオフショア開発を発注したのに、バグだらけの製品を納入してきた」の原因は、大部分がこれです。
海外のレベル5の開発会社は玉石混交です。「はずれ」を引かないために、まずは、過去の成果物を見せてもらい、生産性や品質制御の具体的なデータを提示してもらいましょう。レベル5に相応しい組織に外注すれば、低コスト、高品質でオフショアによる製品開発が可能になります。
美形で気立てもよい「理想の伴侶」と巡り合うことを祈っています。
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このコラムでは、組み込みエンジニアが日々の開発で実際に遭遇する「小さなトラブルを」取り上げ、演習形式で解説します。
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