宮田健の「セキュリティの道も一歩から」(15)
製造業が「WannaCry」から学ぶべきこととは?
「モノづくりに携わる人」だからこそ、もう無関心ではいられない情報セキュリティ対策。しかし、堅苦しい内容はちょっと苦手……という方に向けて、今日から使えるセキュリティ雑学をお届けします。今回は、世界中で猛威を振るったマルウェア「WannaCry」を取り上げ、そこから学ぶべきことについて掘り下げる。
2017年5月、「WannaCry」と呼ばれるマルウェアが世界で猛威を振るいました。この出来事はIT系メディアだけでなく、一般のニュースとしても大きく報道されたので、皆さんも耳にしたことがあると思います。日本においては企業、個人がルーターやファイアウォールで守られていた結果、攻撃の通信をシャットアウトでき、想像していたほどの被害はありませんでした。しかし世界に目を向けてみると、イギリスの国民保健サービス(NHS)では、ランサムウェアの被害により、診察や手術が行えないなどの状況に陥ったといいます。
「壁」に守られたWannaCry――しかし、慢心は禁物
今回イギリスの国民保健サービス(NHS)が被害に遭ったのは、病院をターゲットにした「標的型攻撃」が行われたからではありません。単に「感染しやすい下地」があったからです。実は、NHSでは「Windows XP」が使われていたようで、これがWannaCryの大規模感染を引き起こした理由の1つとされています。今回のWannaCryは、Windows XP/Vista/7/8/8.1/10だけでなく、Windows Server 2003/2008/2012/2016といった一通りのWindows系OSが対象になっています。その中にはXPや2003といった、サポートが切れてしまっているOSも含まれており、機器や装置の長期運用を前提とする製造業の人にとって冷や汗が出る攻撃といえます。
そしてWannaCryの最大の特徴は、「利用者が何もアクションを起こすことなく感染が行われる」ということです。これまでであればメールの添付やWebに埋め込まれた状態でマルウェアがあなたに忍び寄り、言葉巧みに「実行」させようとしていました。これは利用者のアクションが感染に必須だったからです。ところが、WannaCryは条件さえ整えば、電源を入れてネットワークにつなげるだけで同じネットワークにいる他のPCへと感染が広がっていきます。
しかし、外部(インターネット)からの感染は、ファイル共有のSMBサービスが関係するポート445番が開いていない場合には行われないとされています。インターネットから社内のファイルサーバに直接接続することはほとんどないと思いますので、日本での感染はごくわずかにとどまったようです。
今回のWannaCryによる感染被害は、ファイアウォールやブロードバンドルーターといった、外部と内部を分ける「壁」のおかげで最小限にとどまったといえます。ただし、これはネットワークを経由して感染するという手法をとったからです。もし、WannaCryが初期感染手法としていつものようにメールやWebを使ったとしたら、その壁の内部で感染を許すことになります。そして、ひとたび壁の中で感染したら、そこから隣のPCに次々と感染していき、拡大を止めるすべはなくなってしまいます。日本におけるWannaCry感染状況は薄氷を踏むかのような、奇跡の上にあったと考えた方がいいと思います。
そのため、製造業においては、「壁の中に入り込む運用はないか」をもう一度確認する必要があるでしょう。日本のITシステムの中でも、製造業のシステムは「外」と「中」をかなり厳密に区分けし、厳重に守っているものだと思います。しかし、中に対して直接入り込む場合――例えば、機器や装置などのメンテナンス作業で、外部から持ち込まれたPCやUSBメモリが使われる際、ネットワークにマルウェアが入り込んでくる可能性があります。これではいくら頑張って壁を高く、厚くしても意味がありません。内部でメンテナンスを行う必要がある場合は、他の業種以上に“検疫”をしっかりと行う必要があります。
「WannaCry対策」ではなく、「ITセキュリティ対策」を!
WannaCryの波は越えたかもしれませんが、新たな波は次々とやってきます。そのときに考えるべきは“WannaCry対策”ではありません。WannaCry以外にも、日本年金機構の個人情報漏えい事件で使われた遠隔操作型マルウェア「Emdivi」、JTBの個人情報漏えい事件で利用されたといわれる「PlugX」など、話題になったさまざまなツールが、製造業だけでなく全ての日本の企業を襲ってきます。その都度、名前の付いたマルウェアに対策を行うことは得策ではありません。なぜなら、キリがないからです。
今回のWannaCryは、「脆弱(ぜいじゃく)性が残るシステム」に対し、「脆弱性を攻撃するマルウェアが壁をすり抜け」「端末を使えなくする」というものでした。本来ならば脆弱性を修正するパッチを適用すべきです。しかし、工場内の機器に対して、パッチをすぐに適用することは困難でしょう。そのような状況でもシステムを守るためには、個別のマルウェア対策よりも上位の“ITセキュリティ対策”として「攻撃手法が明らかになった瞬間に適切な情報収集を行い、パッチが適用できない場合の回避策をいち早く入手し、実施できないかを検討する」ことを心掛けてください。その結果、WannaCryの場合は「攻撃に使われるSMBv1を停止する」という代替案が見つかるはずです。
特に今回のWannaCryに関しては、OSベンダーであるマイクロソフト、そして情報処理推進機構(IPA)やJPCERTコーディネーションセンターなどが素早く注意喚起を行っていました。WannaCry対策の一歩上を行くために、ぜひこれらの情報を活用していきましょう。
著者紹介:
宮田健(みやた たけし)
元@ITの編集者としてセキュリティ分野を担当。現在はフリーライターとして、ITやエンターテインメント情報を追い掛けている。自分の生活を変える新しいデジタルガジェットを求め、趣味と仕事を公私混同しつつ日々試行錯誤中。現在、ITmediaエンタープライズにて、もはや誰もが人ごとではないITの課題や話題を紹介する「半径300メートルのIT」を連載中。また、それをまとめた書籍「デジタルの作法~1億総スマホ時代のセキュリティ講座」も発売中。
筆者より:TechFactoryでの本連載では、ITセキュリティの「あるべき論」「正論」だけでなく、モノづくりに携わる方たちに「気楽に」「楽しく」セキュリティを考えていただけるように、さまざまな話題を取り上げたいと思います。「セキュリティっていわれてもねえ……」と思わず考えてしまった皆さまに覚えていただけるようなコラムにしたいと思います。お楽しみに!
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