5分でわかる 最新キーワード解説
自動運転車両で100m先の歩行者を検知! 「量子レーダ」って何?
最新キーワードを5分で理解するこのコーナー。今回のテーマは、電波を利用する従来のレーダでは捉えきれない悪条件の環境でも、遠方の人やモノをリアルタイムに映像として捉える最新技術「量子レーダ」です。
「量子レーダ」って何?
雨や霧などの気象条件により視界が効かない環境、あるいは電波の反射が正常に検知できない環境でも、正確に遠方の人物や物体の位置と形状を検知できる、光子の量子効果を利用した検知技術およびイメージング技術のこと。玉川大学の量子情報科学研究所所長の広田修教授らのグループがその基礎原理を研究しており、数年後に自動運転車両の安全対策技術としての搭載を目標に、実証のための開発が進められている。
そもそも「量子」って何?
「量子」と聞けば「難解」「不可思議」という連想が働く人も多いだろう。それが物理量の最小単位であって、光子や電子のことだと聞かされれば納得はするが、その性質を知りたいと思うと「重ね合わせ状態」「量子エンタングルメント(量子もつれ)」という専門用語や「量子テレポーテーション」などといったキーワードが続々出てきて、量子力学の門外漢にはイメージすることさえ難しくなってしまう。
しかし量子レーダを理解するには、「光子を2つに分裂させると、できた2つの光子は互いに強い相互作用を持つ」ということだけを知っておけばいい。ペアを作る1つの光子に何かの相互作用を与えると、もう1つにも、たとえそれがどんなに距離が離れていても、同じ相互作用が生じるという事実だ。これは量子エンタングルメントと呼ばれる現象で、ペアの片方を観測すれば、もう片方の状態は観測しなくても分かることになる。それがなぜかは量子力学の専門書をお読みいただくとして、その事実だけを前提にして以下をお読みいただきたい。
「量子」を使ったレーダのメリットとは?
さて、遠方の人やモノの存在を検知する方法として、カメラとレーダがあるのはご存じの通り。近年では、自動車の前方や周囲の危険を検知する「衝突予防装置」が備えられていることも少なくないが、これにもカメラとレーダが活躍している。
前方や車体周囲の物体を検知するにはカメラとレーダのどちらか、あるいは両方が使われている。環境条件さえ整っていれば、昼間なら2台のカメラ(ステレオカメラ)を使って、200m先程度までの対象物なら距離と奥行きが判別できる。しかし可視光を利用するので、夜間は性能が著しく低下する。そこで暗い時には赤外線レーザを利用したレーダが使われるのだが、こちらはあまり遠くまではムリで、対象が検知できるのはせいぜい前方20m程度がよいところだ。
それではミリ波やサブミリ波帯の電波を利用するレーダならどうかというと、こちらは夜間・昼間を問わず、ミリ波で100m、サブミリ波でその半分程度の範囲で対象物の有無と距離、移動方向などの検知が可能だ。しかし気象条件が性能に影響しやすく、雨や霧などでは検知が難しくなり、人体のように電波をある程度吸収してしまう物体の検知が確実にできない弱みもある。
そこで、これらの弱点をカバーし、昼間でも夜間でも、また雨や濃霧の中でも、衝突回避が可能な程度遠くの対象物までの距離と移動方向を検知し、あわよくば形状が分かる映像を得られる技術が求められることになる。既存技術の改善も盛んに行われているのだが、その課題を一気に解消するポテンシャルを持っているのが「量子レーダ」なのである。
現在はまだ基礎研究の段階だが、広田教授によると、「車の前方100m程度の距離までの人や物体の存在の有無、そこまでの距離、移動方向・速度が、暗闇の中でも雨や濃霧の中でも検知可能」なのが、量子を利用するメリットだ。
量子を利用する技術といえば「量子コンピュータ」や「量子暗号」が連想され、それらの実現に必要な超低温環境や厳密にコントロールされた周囲環境が必要なのではないかと心配されるかもしれないが、広田教授が目指すのは、自動運転機能はあるにしても、あくまで普通の自動車に搭載可能な装置としての実現だ。
「量子レーダ」の仕組みは?
では「量子レーダ」はどのように対象を検知するのだろうか。図1は、従来のステレオカメラによる対象検知と、「量子レーダ」による検知とを比較したものだ。
カメラを利用する方法では、左側のように可視光(または赤外線)を反射する歩行者からの光をカメラが検知することになるのだが、霧や雨などの環境擾乱要素が間に入ると、カメラ側でどれほど精巧な映像加工技術を駆使しても正確にイメージングできなくなってしまう。
一方、「量子レーダ」では、車に搭載した特殊光源(レーザと専用装置を利用したスクィーズド光(「関連するキーワード」の項参照)を出力する)からの光を対象に向けて照射する。間に擾乱要素があったとしても、かすかな光(光子が数百個程度の、暗闇で人間の目に感ずるか感じないか程度の光)が反射して戻ってくれば、それを専用装置で受信、計算処理をして、距離・移動方向・移動速度・形状を検知、さらに映像として映し出すことまで、理論的には可能になっている。これをもう少し分かりやすくしたのが図2だ。
このような図だけでは「カメラの機能をレーダに加えたということ?」と誤解されるかもしれない。光の反射を利用するという意味ではそうともいえるが、対象検知のための基礎原理が、カメラとも既存レーダとも全く異なっている。
検知のために使われるのが「量子エンタングルメント」現象である。ポイントは、図2の光源部分で、2つのモードのスクィーズド光を生成して送り出していることだ。光源装置内部にあるレーザが放出した光を、いったん2倍の周波数に変換した後、光パラメトリック発振機(「関連するキーワード」の項参照)と呼ばれる装置で半分の周波数の2つのスクィーズド光に加工/分割する。すると、1個の光子を2個に分裂させた状態と同じように、両方のスクィーズド光には「量子モード・エンタングルメント」と呼ばれる相関関係が生まれる。これは、粒子レベルのミクロなエンタングルメントと同じような量子効果を、何万という光子が作る光ビームで実現したものと考えればよい。
一方のスクィーズド光は、量子ビームとして対象に向けて照射され、もう一方は専用の受信器に「参照光」として送られる。対象に反射して戻って来る信号光は、対象に反射した時に相互作用を受けて変調される。これを受信装置内の光ダイオードで受光してパワーを測定する。一方の参照光はCCDカメラで受光する。両方の受光デバイスからの信号を計算処理すると、検知対象の有無、距離、移動方向、速度、さらに形状が分かるというのが量子レーダの原理だ。
反射して帰って来る光は、数百個の光子だけでよく、一般的なカメラ技術ではとてもイメージ再現ができないかすかな光でも検知が可能で、既存のレーダ技術では対応できない激しい雨、濃霧、雷などのような気象条件/周辺環境下であっても十分に利用可能になるという。
受信側での計算の方法が気になるところだが、それには先行研究と異なる方法が用いられている。説明するにはA4ページで5ページ分の量の数式が必要になるとのことなのでその紹介はできないが、計算処理に専用のCPUを利用すれば1Gbpsの性能で処理可能という。光源は1μWで機能し、実用的には1mW程度が必要になるそうだ。
ミクロからマクロへの発想の転換
従来は、主に一つ一つの量子(光子または電子)のエンタングルメントが研究されてきており、応用領域である量子コンピュータや量子暗号に生かすべく、実用化に向けたさまざまなアプローチが試みられている。しかし、なかなか実用化に直接結び付くほどの結果が出ておらず、筆者のような門外漢がやきもきするレベルをはるかに超えて、研究者たちは現実に使い物にならないことに悩んでいるようだ。
そこで広田教授は考え方を変えたのだという。「ミクロな粒子の持つ量子効果はすぐに壊れてなくなってしまいます。量子コンピュータはそんな粒子を何百個というような微視的なレベルで制御しなければ既存のスーパーコンピュータに勝てません。また量子暗号通信でも1kmの距離に情報送信するのに四苦八苦していてまだまだ使えない。そこで、ミクロな量子現象ではなく、マクロな量子現象であるスクィーズド光で何かできないかと考えたのが、この研究の発端です」(広田教授)。
マクロな量子効果応用の研究に踏み出したのが2000年頃のことというが、その当時から米国の研究機関とDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency/アメリカ国防高等研究計画局)とは連携してマクロな量子効果を使う暗号技術と量子レーダとの研究が始まっていた。しかしDARPAが軍事機関であることから、量子レーダで衛星から雲などの要素を除いた地表の状態を観察することが目標になり、レーダによる検知対象は10km以上の距離が前提になっていた。この研究はなかなか成果が出せなかったのだが、それと類似の技術を100m程度の距離で応用する民生領域なら、役に立つものができるのではないかと広田教授は考えた。
そして見つけたのが、自動運転実現に勢いづいている自動車の領域だ。自動車はすでにほぼエレクトロニクス製品と化しているのだが、エレクトロニクスを突き詰めたその先のターゲットは量子力学になるはず。そう確信した広田教授が、すでに40年になる量子研究のキャリアを注ぎ込んで研究に取り組んだのが「量子レーダ」だ。この開発に多くのレーダ研究者との議論が重ねられた。異領域の研究がうまくマッチングすることはなかなかないというが、それが実現した「珍しい例」(広田教授)となった。
「量子レーダ」の今後
現在のところは「理論的なシミュレーションによって実現のめどが立った段階」とのことだが、2015年11月には日立製作所との共同開発契約が結ばれており、技術実証のための実験装置の開発にまい進している最中であるとのこと。順調にプロジェクトが進めば、2016年中に原理実験装置を作り、2~3年後にはホットモデルでデモが行えるようにしたいと広田教授は語る。これには数億円規模の予算が必要とのことで、国の支援も視野に入れて実用化に向けた体制を作りたいという。量子力学が文字通り「目に見える」ものとして応用される日が早く来ることを期待したい。
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