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クラウドが開発“競争”を“共創”に変える――自動車業界で進む変革開発者同士がテレワ―クで共同作業

自動車技術の研究や普及を担う団体が、クラウドを使って企業の垣根を超えた取り組みを開始した。それをベースに、さまざまな業界が参加する「スーパーテレワーク・プラットフォーム」の構築にも取り組んでいる。壮大な取り組みの中身とは。

» 2021年02月03日 10時00分 公開
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クラウドを活用し、国際標準記述のモデルベース開発を推進する自技会

 自動車技術会(以下、自技会)は、1947年に「自動車に関わる科学技術の進歩発達を図り、もって学術文化の振興及び産業経済の発展並びに国民生活の向上に寄与する」ことを目的に、自動車業界の関係者約1500人で設立された公益社団法人だ。

 その事業は、自動車に関する技術の調査研究をはじめ、研究発表会や学術講演会の開催、会誌、図書の刊行、規格の作成、関連機関や団体との提携や交流にも及ぶ。現在の会員数は5万人を超え、国内有数の学術団体の一つだ。国外でもFISITA(国際自動車技術会連盟)やAPAC(アジア太平洋自動車技術会議)の有力メンバーとして、積極的な活動を展開している。

 日本の製造業界においては、開発に関わる機密性の高い情報のセキュリティリスクを考慮し、クラウドの導入や運用にはなかなか踏み切れない例も少なくない。一方で、クラウドを活用できる環境や条件が整えば、その利便性が「データの共有」や「コミュニケーションの迅速化」といった形でものづくりに貢献する可能性は大きい。

 自動車業界は現在「100年に1度の変革期」とも呼ばれ、ビジネスモデルの変革を迫られている。コネクテッドカーや自動運転、シェアリング、電動化の4つを総称した自動車の技術トレンド用語「CASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)」も普及する中、実用化に向けた検証を迅速に進めることも重要だ。これまでメーカー同士の“壁”に阻まれがちだった開発者同士のノウハウ共有や共創を推進しようと、組織の一部でクラウドを使った革新的な取り組みが始まった。

デジタル世界で共創 自動車開発で進む取り組みとは

自技会に所属する「国際標準記述によるモデルベース開発技術部門委員会」は、インターネット協会理事長および同協会傘下のオープンイノベーション推進協議会(OIC)会長である藤原 洋氏の賛同を得て、未来に向けたクラウド活用の試行をOICと連携して始めた。自動車技術の展開を支援するため、クラウドを使ったコミュニケーション基盤の構築や標準化活動、各社が共通で利用できるプラットフォームの構築といった取り組みを進めている。

 自技会の活動にフェローおよびフェローエンジニアとして長年関わり、トヨタ自動車で車載半導体集積回路やパワーエレクトロニクス、車載用ECU、先行車両開発、先行車両企画などに従事した経験を持つ辻 公壽氏(デジタルツインズ 代表取締役社長)は、「自動車や自動車部品の設計、検証、評価、実装などを仮想的に構築した空間で実施し、それを現実に当てはめることで開発を効率化したり、市場への提供を迅速化したりできる大きなメリットがあります」と話す。

デジタルツインズの辻 公壽氏

 クラウドで安全な仮想空間を構築すれば、そこに物理空間と変わらないデジタルツインを構築して設計や検証を進められる。自技会は、クラウド技術やモデルベース開発(MBD)の知見を生かし、さまざまな企業が共同で作業できる環境の構築に取り組む。

 辻氏は、自技会において「国際標準記述によるモデルベース開発技術部門委員会」の幹事も務めている。これまでに国際標準に即したMBDや、複数企業間が同一プラットフォームで実施するMBD、そこで作成したモデルを企業間で流通させるといった取り組みを検討してきた。これらはいずれも実用化フェーズに入りつつある。

企業の垣根を越えて協業できるプラットフォーム「JSAE&OICクラウド」を展開

 自技会の取り組みを支える重要なインフラの一つが、クラウドを使って異なる企業のメンバー同士がデータやプロジェクトを共有できる協業プラットフォーム「JSAE&OIC クラウド」だ。会員や委員がそれぞれの研究を持ち寄り、クラウド上のシミュレーション環境で設計や性能評価などを実施できることを目指す。

 自動車の電子制御製品などを展開する日立Astemoの有本志峰氏(開発本部 電動技術統括部 PCU開発部 第一課)は、JSAE&OICクラウドを利用する開発者の1人だ。同氏はサプライヤー目線でクラウドの活用方法をこう説明する。

日立Astemoの有本志峰氏

 「車載用のインバーターの場合はデバイスのパラメーターをクラウドで共有し、それを基にシミュレーションを実施することで電流損失の情報を確認したり、インバーターの効率を検証したりできます。実機の環境もモデルベースで構築できますから『モーターとつないで走らせたときに、どのくらい発熱するか』といった項目もシミュレーションできます。その結果を基に設計プロセスを効率化できますし、検証を繰り返して結果を設計にフィードバックできます」(有本氏)

 開発を効率化できる点は、クラウドが自技会にもたらした大きなメリットだ。有本氏は、JSAE&OICクラウドによって複数のメーカーと複数のサプライヤーが既存の垣根を越えて協業できるようになった点も大きいと指摘する。

 「現在の日本の自動車業界は系列に拠った開発が多いように感じます。しかし、今後のグローバル時代に生き残っていくためには、欧米もしくはASEANなどを対象にした広いビジネス展開が必要です。文化も言語も異なる相手と一緒にものを作り、ビジネスをするためには、従来の紙ベースの仕様書ではなく、検証も同時にできるようなモデルベースの仕様のやり取りが重要になってくると考えます。

 日本の製造業が厳しい競争にさらされる中、クラウドを使った共創プラットフォームは開発の時間やコストといった課題を解決し、複数の企業と協業する上で「果たす役割が非常に大きいと感じています」と有本氏は話す。

アイシン・エィ・ダブリュの岩月 健氏

 有本氏と同じくJSAE&OICクラウドを利用する参加メンバーで、自動車のトランスミッションやカーナビゲーションシステムなどを手掛けるアイシン・エィ・ダブリュに所属する岩月 健氏(技術企画部 第4企画グループ)は、通常の開発にかかる時間について「高価な試作車を扱う場合、多くの段取りを経て試験を実施し、結果を得るのが数カ月後になることも少なくありません」と話し、クラウドを活用した連携シミュレーションモデルが開発にもたらす価値に期待を寄せる。

 「(クラウドを使えば)異なる分野のメーカー同士が、同じ瞬間、同じ物を指さし、討議し、喜びを共有できる上、部品メーカーに所属する開発者でも、自分の担当する部品がクルマ作りに与える影響を素早く感じ取ることができます。会社の机の前でひらめくアイデアは意外に少なく、ふと閃いたアイデアをどこにいても試すことができる点もクラウドの価値だと考えています」(岩月氏)

「スーパーテレワーク・プラットフォーム」として発展させる取り組みを推進

 自技会は現在、JSAE&OICクラウドだけでなく、他団体とも業界の垣根を越えて産官学連携を進める「協業プラットフォーム」を構想中だ。デジタルツインを含めた物理世界のセンサー情報をサイバー空間に集約、分析するサイバーフィジカルシステムを社会に実装する過程においては、自動車を含めた複数の業界が連携する必要があるためだ。

 MBDにしても、CASEに代表される次世代の自動車開発に生かすには、自動車業界が積み上げた知見やノウハウだけでは難しいという。モーター制御やパワーエレクトロニクス、組み込みソフトウェア開発、アプリケーション開発、自動運転向けのAI開発など「従来の枠組みにとらわれない協業が必要になる分野は多く、さまざまな業界団体や中立機関との連携は不可欠です」と辻氏は話す。

スーパーテレワーク・プラットフォームは、企業の垣根を越えた協業空間を提供するという(出典:さくらインターネット)

 自技会の「国際標準記述によるモデルベース開発技術部門委員会」は、自動車におけるモデルベース技術の普及活動において、インターネット協会傘下のOICと連携を進めてきた。また、電子機器や電子部品に関連して、他の業界団体からも連携に関する問い合わせが出始めているという。コロナ禍や働き方改革の流れを受け、研究者や設計者、技術者らの働き方を変革する必要も出てきた。

 「人口減少による人手不足や、都市への一極集中による地方産業の空洞化などの社会課題もあります。協業プラットフォームは、こうしたさまざまな課題を解消できるプラットフォームであるべきだと考えています」と、辻氏は話す。

 協業プラットフォームに関連し、産官学で連携して進める取り組みの一つがOICの活動から発展した「スーパーテレワーク・コンソーシアム」だ。同コンソーシアムはアフターコロナを見据え、都心のオフィスに多くの人が集まる従来の働き方から、自宅や地方拠点に分散して働く新たなスタイルの確立を目指す。この取り組みを支えるために構想されている仕組みが「スーパーテレワーク・プラットフォーム」だ。

 同プラットフォームは、データセンターやクラウドに複数の企業の業務や事業を集約することで、クラウドで全ての業務を完結させ、企業や組織の垣根を越えた協業を可能にする。同プラットフォームは現在、さくらインターネット及びブロードバンドタワーの大手データセンター連携で立ち上げの準備中であり、参加企業の従業員が住居や地方のテレワークセンターなどからアクセスできる利便性を備え、業務の効率化や時間の有効活用、生産性の向上に役立てることを目指す。

 「JSAE&OIC クラウドで実現しているような環境を、自動車業界だけでなくさまざまな業界の方が利用できるようにしたいと考えています」と、辻氏は話す。

さくらインターネットが創設メンバーとして参加、クラウドの取り組みを評価

 スーパーテレワーク・コンソーシアムは、2020年4月に設立の準備を開始した。辻氏が代表取締役を務め、自動車開発向けデジタル技術を手掛けるデジタルツインズ、静岡県駿東郡長泉町、さくらインターネット、テクノプロ・ホールディングス、ブロードバンドタワーの4社1自治体が創設メンバーに当たる。

 テクノプロ・ホールディングスは、2万人のエンジニアや研究者を抱える技術人材サービス企業として、長泉町は地方創生の一環としてスーパーテレワークの実証実験場所を提供するという役割で同コンソーシアムに関わる。

 デジタルツインズは、参加各社が連携する「スーパーテレワーク・プラットフォーム」の提供を目指す。もともと同社は、OIC内部にあった「モデルベース開発(MBD)利活用型摺合せ空間提供事業の事業化検討ワーキンググループ」の運営法人として発足した。同社はその後、自技会の「国際標準記述によるモデルベース開発技術部門委員会」と連携し、システムの試行も進めてきた。

 さくらインターネットとブロードバンドタワーは、スーパーテレワーク・プラットフォームの構築に当たり、データセンターやクラウドリソースを提供する。さくらインターネットは、これまでも自技会の活動やJSAE&OIC クラウドの構築をサポートしてきた。

 同社は、環境配慮型の大型郊外データセンターである石狩データセンターを有し、「さくらの専用サーバ」やIaaSの「さくらのクラウド」をはじめとする豊富なコンピューティングリソースを提供できる。

 スーパーテレワーク・プラットフォームの構築には、経産省の補助事業である「次世代自動車等の開発加速化に係るシミュレーション基盤構築事業」を受託したことで得た技術的な資産も活用する予定だ。2021年4月以降、長泉町を舞台に実証事業を本格的に進める他、継続的な改善や参加企業の拡大も予定している。

 「今後は自動車業界や製造業界を越えて、コロナ禍対策としてテレワークを推進する助けとなり、さまざまな業種の企業との連携を促進するプラットフォームを目指しています。将来的には、テレワーク支援を通じた地方創生にも貢献したいと考えています」(辻氏)

※本稿は、TechTargetジャパンからの転載記事です。


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