今やデジタルトランスフォーメーション(DX)は製造業にとっても最優先課題の一つになっている。DXの実現に必要な高度な演算プラットフォームとして注目したいのが、従来スーパーコンピュータへ用いられてきたベクトルプロセッサの高性能をPCI Expressカードに詰め込んだ、NECの「SX-Aurora TSUBASA」だ。製造業にとって、SX-Aurora TSUBASAをどのように活用できるのかを見ていこう。
デジタルトランスフォーメーション(DX)に必要なデジタル技術の活用は、製造業をはじめとした多くの国内企業で喫緊の課題となっている。なぜならば、例えばIoT(モノのインターネット)によって収集される膨大なデータを、AI(人工知能)などを用いて分析することによって、製品の企画から設計開発、製造、物流、販売に至るまで、あらゆるプロセスでさまざまな効果を得られるからだ。
ここでポイントとなるデータ分析では、これまでもスーパーコンピュータに代表されるHPC(High Performance Computing)が活用されてきた。IoTやAIという新たなバズワードが出てきても、HPCの重要性に変わりはない。
そしてこのHPCの分野で、高性能のベクトルプロセッサを搭載するスーパーコンピュータ「SXシリーズ」を30年以上展開してきたのがNECである。SXシリーズはこれまで、大学や研究機関、超大手企業などで最先端のスーパーコンピュータとして利用されてきた。しかし同社が2018年2月に市場投入した「SX-Aurora TSUBASA」は、より広範な分野での利用が可能であり、高性能ではあるものの採用のハードルが高かったベクトルプロセッサについて“民主化”を実現した製品と言っても過言ではない。今回は実際に製造業での活用が進む中でどのような価値をもたらすか紹介したい。
前述したようにベクトルプロセッサを搭載するSXシリーズは、30年以上の歴史を有しており、これまでアカデミックからビジネスまでさまざまな領域でその高い演算能力を発揮してきた。
NECのベクトルプロセッサを採用するスーパーコンピュータとして最も広く知られているのが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の横浜研究所に設置されている世界最大規模の分散メモリ型ベクトル並列計算機「地球シミュレータ」だろう。2002年の稼働開始から、スーパーコンピュータの性能ランキングである「TOP500」の世界第1位を2年半の間維持したことはよく知られている。その地球シミュレータも、2回のハードウェア更新を経て現在3代目が稼働しているが、歴代ハードウェアには全てSXシリーズが採用されている。2020年9月末に発表された4代目でも引き続きSXシリーズが採用されることが決まった。
このSXシリーズに採用された高性能なベクトルプロセッサを、業界標準のPCI Expressカード「ベクトルエンジン」に搭載、一般的なx86系ワークステーション/サーバでも利用できるようにしたのがSX-Aurora TSUBASAなのだ。10コアのベクトルプロセッサによる演算性能は最大、倍精度で3.07TFlops、単精度で6.14TFLopsに達し、メモリ帯域は世界トップクラスとなる1.53TB/sを実現している。
NEC AIプラットフォーム事業部 マネージャーの安田昌生氏は、「SX-Aurora TSUBASAはサイズこそコンパクトであるものの、大量データの一括処理を実現するベクトルプロセッサの性能は世界最高レベルであり、メモリなどへのアクセス性能も世界トップクラスに君臨します。一方、使いやすさも特徴で、SXシリーズ専用OSだった従来と異なり、Linuxでも使えるようになったことで、Linuxのオープン環境による豊富な資産を利用できるようになりました」と語る。
加えて、ソフトウェア開発者がこれまで慣れ親しんでいるC/C++/Fortranで開発できる点も使いやすさに貢献しているといえるだろう。
SX-Aurora TSUBASAは提供形態もさまざまで、従来のスーパーコンピュータと同様のデータセンターモデルから、タワーサーバ型のオンサイトモデル、そしてエッジモデルや各種装置などへの組み込みソリューションまで用意されており、用途に応じて選ぶことができる。
NEC AIプラットフォーム事業部 エキスパートの岩田直樹氏は、近年注目を集めるGPUとの比較について、「画像そのものを処理するような深層学習ではGPUが優位になる場合もありますが、画像を含めさまざまなデータから有意な情報を引き出す統計的機械学習では、科学技術計算を得意とするベクトルプロセッサの方が高い性能を実現できるのです」と説明する。
これまで、製造業にとってSXシリーズといえば、研究開発で必要な高度な解析に用いるスーパーコンピュータであり、モノづくりの現場などで利用するイメージはなかった。しかし、先述した通り、SX-Aurora TSUBASAは各種装置などへの組み込みソリューションも用意されており、いわゆる組み込みコンピュータとしての利用も可能になっている。そういった、従来にはなかったSX-Aurora TSUBASAの採用事例を紹介しよう。
まず1つ目は、半導体製造の検査プロセスにおける採用事例だ。この企業では、検査のための高速な画像処理にXeonサーバを用いてきたが、半導体の微細化の進展で必要になる、より高精度な検査のための高い処理性能や、その性能を実現するためのハードウェアの電力消費量などに悩みを抱えていた。これをSX-Aurora TSUBASAに置き換えることで、Xeonサーバでは数十ノード必要だったところを数ノードにまで減少することに成功し、装置のフットプリント削減も果たしたのである。
これまで利用してきたC/C++ベースのソフトウェアを再利用して、ソフトウェア開発コストを最小限に抑えられたこともメリットになっている。「SX-Aurora TSUBASAであれば、特別なプログラムの変更を行うことなくNEC独自コンパイラによってコンパイルを行えます」(安田氏)。
2つ目は、プラント制御の事例だ。この企業では、プラント制御のために膨大なセンサーデータなどのパラメータ処理が必要なことや、専用開発言語に起因するプログラミングの煩雑さと長期的なソフトウェアメンテナンスのコスト増が課題になっていた。しかし、SX-Aurora TSUBASAを導入することで、時系列データであるセンサーデータを統計計算処理するのに十分な性能を確保するとともに、C/C++/Fortranといった一般的な言語によるプログラミングや長期的なソフトウェアメンテナンスも可能になった。
そして3つ目は、コンテナやトラックなどへの荷物の積み込みを最適化するAI/積み付け問題への対応になる。SX-Aurora TSUBASAを用いて、荷物のサイズや強度、重量情報、積み込み積み下ろしのデータなどを基に、最適な積み付けについてのシミュレーションを実施し、配置を最適化した。このAIは、オープンソースの機械学習フレームワーク「TensorFlow」がベースになっているが、Linuxベースの環境となるSX-Aurora TSUBASAでも、特別なプログラム変更なしで実行できる点がメリットになる。処理性能についてもGPUサーバに対して1.9倍を実現している。
30年以上もの長い歴史のあるSXシリーズは、製造業の世界においても、設計開発に必要となる流体や構造の解析などを中心にこれまで用いられてきており、ベクトルプロセッサならではのその高い処理能力で大きく貢献してきた。もちろん、SX-Aurora TSUBASAでもそれらのソフトウェア資産を活用できるわけだが、専用OSではなくLinux環境になったことで、これまでSXシリーズで利用できなかったアプリケーションの移植も容易になっている。
実際に、製造業などに広く利用されているCAEツールについて、SX-Aurora TSUBASA向けに高速化チューニングを行ったのがアドバンスソフトである。国家プロジェクトの開発成果の事業化に向けて2002年4月に設立された同社は、高いソフトウェア開発能力に強みを持つ。現在は、流体、構造、電磁波などを対象とするCAEツールを20種類販売しており、大学や研究機関、自動車や重工などの製造業をはじめ150社以上のユーザーが利用している。
今回、アドバンスソフトが高速化チューニングを行ったのは5つのCAEツールである。その開発期間は3カ月と短い。同社 代表取締役社長の松原聖氏によれば「他のハードウェアへのチューニングと比べて実に約3分の1の工数で完了しました」というのだから驚きだ。以下に、各CAEツールでの取り組みを見てみよう。
まず、国家プロジェクトの成果をベースとする「Advance/FrontFlow/red」は、非圧縮性から圧縮性流れまで、広範囲で複雑な流れに対応した汎用3次元流体解析ソフトウェアである。超並列化、ベクトル化による大規模解析が可能であるなど数々の特徴を備えており、自動車業界や国の研究機関など、他分野で使われている。このCAEツールについては、線形ソルバにマルチカラー法を適用してのベクトル化や、ベクトル化に必要な行列のグループ化などを実施することで、SX-Aurora TSUBASAへの高速チューニングを行った。その結果、Xeonサーバと比べて2.2倍の高速化を実現できた。
「Advance/FOCUS-i」と「Advance/Parallelwave」は、国家プロジェクトとは別にアドバンスソフトが独自開発したCAEツールだ。Advance/FOCUS-iは、密度ベースソルバの採用で遷音速や超音速の流れの解析を高精度かつ高速に処理でき、火災や爆発などの解析にも力を発揮する。主に重工分野や大型産業機械の開発で活用されている。Advance/Parallelwaveは、Maxwell方程式を解いて、電磁波の挙動と物理諸量を算出するCAEツールであり、非常に大規模な電磁波解析に対応可能なことを特徴としている。建造物による電波の遮蔽、反射、回折、自動車などの輸送機器およびその周辺の電磁界分布、人体およびその周辺の電磁界分布、電子デバイスの高周波特性、電子機器への静電気放電、電子機器の漏えい電磁界解析など幅広い用途で用いられている。「これら両ツールの高速化チューニングはそれほど工数はかかりませんでしたが、Advance/FOCUS-iはXeonサーバ比で1.92倍、Advance/Parallelwaveは同2.91倍という性能向上を実現できました」(松原氏)という。
また、アドバンスソフト 営業部 営業第1課 課長の鈴木照久氏は「Advance/Parallelwaveは、自動運転の実現に向けて広い範囲での電磁波解析が欠かせないことから、最近では自動車業界の採用も増えています。SX-Aurora TSUBASAによる解析の高速化は、自動運転車の開発に大きく貢献するのではないでしょうか」と強調する。
これらの他、物質の電子状態の解析に用いられる第一原理計算のツールについても、オープンソースソフトウェアとして入手可能な「Quantum ESPRESSO」と「RSDFT」の高速化チューニングを行っている。Quantum ESPRESSOは、第一原理計算で広く用いられていること、アドバンスソフトが手掛ける第一原理計算ツール「Advance/PHASE」と同様のアルゴリズムであることから、SX-Aurora TSUBASAでどこまで性能を出せるかを確認する意味で高速化チューニングを実施。その結果、Xeonサーバ比で1.95倍の性能向上を確認できた。RSDFTはオープンソースソフトウェアではあるものの、その開発者がアドバンスソフトに在籍していることもあり高速化チューニングに取り組んだ。Xeonサーバ比での性能向上は1.33倍になったという。
アドバンスソフト 常務取締役 兼 営業部 部長の板橋元嗣氏は、SX-Aurora TSUBASAへの高速化チューニング対応を振り返って「GPUへのチューニングよりもはるかに容易でした。今回の対応で大体の“土地勘”がつかめましたので、他のアプリケーションでもSX-Aurora TSUBASAを用いればどれぐらいの高速化が可能なのか、事前に推測できるようになりました」と述べる。
そして松原氏は、SX-Aurora TSUBASAや、NECとのパートナーシップに対する今後の期待を次のように語った。「CAEツールの顧客にとって、利用するハードウェアへのチューニングにかかる期間とコストは重要になってきますが、SX-Aurora TSUBASAはこれらを確実に抑えられることが分かりました。顧客にはさまざまな選択肢を提供する必要がありますが、当社としてSX-Aurora TSUBASAというソリューションも提供できるようになり選択肢が広がったことは大きいですね。また、2020年6月に始まったSX-Aurora TSUBASAのパートナープログラム『NECパートナー共創コミュニティ for SX-Aurora TSUBASA』についても、SX-Aurora TSUBASAをハブとしてNECだけでなく、さまざまなパートナー企業との情報交換や市場への情報発信の機会創出に有効だと見ています。同プログラムを当社の事業拡大にも結び付けていけるのではないかと期待しています」(同氏)。
NECでは、今後も引き続きハードウェアとソフトウェアの両面からSX-Aurora TSUBASAのさまざまな開発を展開していく中で、製造業での活用についても面的な展開を行っていくとしている。
NECの安田氏は「CAEツールを用いた研究開発から、モノづくりにおける画像検査やプラント制御、さらには完成した製品の効率的なデリバリーなど、上流から下流まで製造業のあらゆるフェーズで、課題解決に使ってもらえるような製品にSX-Aurora TSUBASAを育てていきたいですね。そのためにも、ベクトルプロセッサは今後もどんどん進化していきますし、もちろん進化を支える開発にも引き続き注力していきます」と意気込みを述べている。
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提供:日本電気株式会社
アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2020年11月4日